24.式術と反響の国の官位
〜式術と反響の国の官位〜
(っ・・・いくら待っても、チェシャ猫とアリスが帰ってこない)
帽子屋は不審に思う。
戦闘で手が離せなかったとはいえ、早まった事をしたものだと。
雨の中を2人を捜していると見つかった。
だが、そこにはアリスの姿は無く、チェシャ猫が倒れているだけ。
周囲は血の海、という言葉が似合っている悲惨な状態だった。
敵の切り傷からして、アリスのダガーで斬られたものだと予測できる。
おまけにアリスのダガーとトンファーは血まみれになって落ちていた。
『アリスは一体どこへ行った?』
俺はアリスも心配だったが、チェシャ猫の容態も気になり、
一度城へ帰る事にした。
しかし、それにしてもどうりで可笑しいと思ったのだ。
争っていた兵士達が、指揮をとっていたナイトが
「見つかった」と言えば、あっさりと引き下がった。
あの時は何という意味かさっぱり解せなかったが、今じゃハッキリとわかる。
反響の国へ連れ去られたか。
最悪だ。
自分に対する自己嫌悪で胸が一杯になる。
心の中は苛立ちや焦燥感で覆い尽くされている。
ほぼ、八つ当たり気味に壁を強く叩く。
いてもたってもいられない。チェシャ猫が起きるまで待つなど無理だ。
どうして他の奴等はあそこまで落ち付いていられるのだ。
普段は一番冷静にいるはずの自分が、一人の女の所為で
ここまで乱れるなんてな。自分ですら子供臭いと思う。
そもそもアリスを戦場に連れていこうと言ったのは俺だ。
スペードに任せればよかった。
“守る”と言ったのに守れていないじゃないか。
――――・・・本当に俺は最低だ。
不意に医療室の扉が開く。
「あ、帽子屋さん。チェシャ猫さんが意識を取り戻しました。
ナイトメアさん達や、ダイヤさん、クローバーさん、
国王陛下を連れてきていただきますか?」
医者がおずおずと言う。
迷う暇無く、俺は直ぐに皆を呼びに行った。
・・・すっかり日は落ちている。
通り雨はもう止んでいて、雲も無い。
月の光が医療室を明るく照らしていた。
「それで、チェシャ猫。一体何があったんです?」
丁重だが、どこか荒々しく時計兎が問い質した。
「わからない」
と、チェシャ猫は、普段からは予想がつかない口調で言葉を紡ぐ。
「アリスを追いかけていたんだ。それでアリスと一緒に皆のところへ
帰ろうとしたら・・・オレの身体に電気のようなものがはしった。
気がついたら、意識を失ってたのか、ここで目が覚めた」
「敵の姿は見たん?」
ダイヤの質問に、チェシャ猫は小さく頭を振る。
「魔法だとしても、詠唱も聞いてねぇのか」
ダンプティーに対し、ゆっくりと頷く。
「じゃあ、おかしいな。魔法は相手の近くで詠唱しなければ
距離的に届かないはずだ」
帽子屋も言うが、チェシャ猫の表情は曇ったままだ。
一同、考え込む。
「・・・まさ、か・・・・・・」
クローバーが突然、しぼりだすような声で呟いた。
目を見開き、思いつめたような表情を見せる。
「ス、スペード。断定は・・・できぬ、が・・・その方法がわかった。
おそらく・・アリスを浚った本人も」
一気に視線がクローバーに集まる。
クローバーは伏目がちに口を開く。
「チェシャ猫を倒した方法は“式術”と呼ばれるものだろう・・・」
式術?と問い返すとクローバーは「あぁ」と言う。
「通称は式・・・唯の魔法では詠唱が聞えぬほど離れれば、
呪いをとなえても遠すぎて標的に当たらぬ。
しかしながら、式はいくら離れても・・・例え千里離れたとしても、当たる」
そうして、式術の説明が続いた。
式は紙に呪字という特別な文字を書く。そして、術主が呪いを唱えると
書かれた呪字がそれに反応し、発動する。というものだ。
術主の力が強ければ強いほど、発動距離も長く延びる。
「アリスが戦闘中にふらっとどこかへ行ったというのも
“傀儡”の式が発動しておったのだろうな。
チェシャ猫にはしった電撃とやらも“麻痺”の式が発動したのだと・・・」
ならば、アリスがあんな行動をし、チェシャ猫が倒れたのも肯ける。
いつ発動するのか、その呪字が書かれた紙がどこにあるのかが
わからないのであれば避けようもない。
「でも、式術なんて聞いたことも無いですね。
反響の国で独自に発展した術とかですか?」
「それにしたって、どうしてクローバーは式というものについて
詳しく知っているんだい?」
時計兎とスペードに訊ねられ、クローバーはそっと視線をそらすし、窓を開けた。
雨上がりの爽やかな空気が医療室に入り込む。
夜空には、月と満天の星が輝いていた。
「式は反響の国では無く、“誇称の国”で発展した術・・・
アリスを浚った犯人は、反響の国在住で、式が得意で、誇称の国出身の者。
該当者は・・・彼奴しかおらぬ」
反響の国の高位。
国皇であるキング。皇女であるクイーン。
兵士指揮官兼、キングの近衛であるナイト。
門番であり、皇女の近衛であるルーク。
そして、クローバーと同じ様な誇称の国特有の着物を纏った王の補佐ビショップ。
「ビショップ・・・?」
そいつが恐らく、アリスを浚った。