23.雨の音声と僧侶の表情
〜雨の音声と僧侶の表情〜
バシャッ。
雨と血で濡れた地面を、誰かが踏む音が聞こえた。
段々とその足音がアリスへ近づく。
それと、同時にシャンシャンという鈴のような鉄同士が軽くぶつかるような
場に不釣合いな澄んだ音も聞こえる。
不意に足音と澄んだ音が止まった。
項垂れているアリスでさえもその人物が近くまで来たことを悟る。
「ふぅ・・・兇手達もあまり強くなかったものだ。
ま、足止め程度にはなったやもしらんな」
低い男の声。それはアリスの知っている誰の声でもない。
アリスは閉じていた目をゆっくりと開いた。
そこに居たのはクローバーと同じ、誇称の国の服を纏った男だ。
髪はスキンヘッドに剃られている。恐らく僧侶と呼ばれる者だろう。
クローバーから借りた“誇称国書記”という本に
「邪な心を髪と共に落とす」と記してあった気がする。
“人を殺した”という闇に支配された脳内でぼんやりと客観的に
アリスはそのようなことを考えていた。
「久しいな、アリス嬢」
久しい。ということは、かつてアリスはこの男と会ったことがあるのだろうか。
そんなアリスの様子を察したように男は口を開く。
「あぁ、そういえば記憶が無いのであられたか」
僧侶の持つ金色の錫状が、男が動くたびシャンと音をたてた。
「・・・だ・・・れ・・・・?」
途切れ途切れに虚ろな瞳でアリスは男に訊く。
「・・反響の国の王の補佐。ビショップ、だ」
つまり、ダイヤと同じ立場ということだ。
クローバーのような反響の国の王の近衛のナイト。
女王の近衛のルーク。
そして一般兵をまとめて兵士。
ビショップはスッとアリスの髪に手を伸ばす。
自慢とも言えるアリスの金髪は、血で赤く紅く染め上げられていた。
「哀れなものよ」
触れるか触れないかの寸前の所でビショップは手を引っ込める。
ザアァァァ
と静かに音をたてる雨の音声。
未だ冷たく突き放すように雨は降り続けている。
ビショップも濡れることを構わず、唯アリスの頬に
擦り付いた返り血を拭うように触る。
まるで繊細なガラスの玩具を扱うように。
敵とは思えぬほど優しく残酷に、親指で血を拭ってやる。
「アリス嬢・・・・・」
アリスに目線を合わせるためにしゃがんでいたが、ビショップは立ち上がる。
ドスッと音をたて、錫状をぬかるんだ地面に突き刺す。
そして、自身の両手を合掌するように合わせると
祈るようにブツブツと何かを唱え始めた。
なぜか急な眠気がアリスを襲う。
「っ・・・眠・・い・・」
起きようと必死にアリスは瞼を開ける。
が、しかし段々と重くなる瞼には逆らえない。
そのまま床に突っ伏した。
最後にアリスが視たモノは、
どんな感情を宿しているのかわからない複雑な表情をしたビショップの顔だった。