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傾き合い(かぶきあい)

 大和とウォルフが決着を付けたその数分前――

 一方の曹玲ツァオリンとマッカム・ハルディートの死合いも熾烈さを加速させていた。


 高速道路のど真ん中――放置され、無人で虚しく光る複数の赤色灯テールランプに照らされた二人の神気がぶつかり合って渦を巻く。

 いやしかし、贔屓目に見たとしても、それを拮抗と呼ぶには些か無理があるかもしれない。

 空気を裂くマッカムの剛掌が振るわれ、対する曹玲が生大刀いくたちの腹でそれを受け止めれば、


「ぐ――ぅッ!」


 と呻く声。衝突と同時に轟然たる振動が一帯を飲み込んで、爆心地となった曹玲はその暴力をモロに喰らった反動で弾かれていた。


「くそ……!」


 歯噛みするも衝撃には逆らわず、トントンと後ろ向きのまま二度三度と路面を蹴り跳び、十分に勢いを和らげてから停止した。


「はっ……! はぁ……っ!」


 肩で息をつく曹玲がまなじりを裂きつつ遠く離れたマッカムを射抜く。

 しかし、その気概とは対照的に二者の趨勢は明らかで、七対三でやはりマッカムの方に分があると見て間違いない。

 生大刀いくたちを顕現して神力を高めた彼女であるが、それにしてもマッカムの戦闘力は生命樹セフィロトの中でも図抜けている。


「――――ふっ!」


 息を吐いた曹玲が飛び出した。身体を屈め、振るわれてくる拳を潜って懐に入り込み、赤黒く燃える筋肉の鎧を真横に薙いだ。


「あぁん、痛ーい!? ――じゃあお返し」

「づぅ!」


 しかし浅い。おまけに反撃とばかりに顎先をすくい上げてくるアッパーカット。

 更に構えたマッカムが拳を振り抜き、宙に踊らされていた彼女を拳圧の衝撃波が畳み掛けるが如く襲いゆく。


 轟ッ! と曹玲を中心に波紋よろしく拡がる衝撃波。人形みたく吹き飛ぶ彼女は、しかし今度は抗った。直下に転がる大型ダンプに生大刀を突き刺して急停止、だけに終わらず串刺したダンプを右手で掲げ、マッカム目掛けて豪速で投げ飛ばした。

 が、それは第五ゲブラーにしてみれば曲芸の域を出ない。鉄の塊は米菓べいかの如く粉砕され、彼のサングラスすら汚すには至らない。


「…………っ」


 中空に踊ったままの曹玲が、なおも腰を屈めてこちらに肉薄しようとするマッカムに備えて刀を握り直したところへ――


「――チッ」


 後方から聞こえてくるはエンジン音。

 時間と共に近付いてくるヘッドライトの光に舌打ちし、曹玲は路面に降り立つと同時に下半身の力を優先させた。両の足に力を込め、不退転の構えを見せてマッカムを迎え撃つ。


 だがしかし、


「……?」


 振るわれてくるはずの一手が訪れない。

 疑問を浮かべた曹玲が捉えたのは、疾うに攻撃の姿勢を解き、どころかクイッと示した顎で『端に寄れ』と彼女にジェスチャーするマッカムの姿であった。


「……フン、馬鹿め」


 言葉とは裏腹に、自然と湧き出る笑みを曹玲は隠さない。

 車が転がり、ボロボロになった路面を訝しみながら件の乗用車が通っていくが、刃物を持った曹玲や、頭上に光を輝かせるマッカムに見送られると、慄くように早々に走り去っていった。

 見届けて、息をついた曹玲が肩に生大刀をトンと乗せる。


「ずいぶんと優しいじゃないか、破壊のセフィラが泣くぞ?」

「必要の無い破壊なんてただの癇癪だわ。それに、アタシってば不器用なのよ。今はあなた以外のことは目に入らないの。だから――」


 出し惜しみなどやめなさい、と。サングラス越しの双眸を鋭くさせてマッカムが告げた。


「く……くくっ……」


 その指摘に、曹玲が肩を揺らして反応する。

 直後、「あぁ全く……!」と、湧き出る笑いを抑えきれぬように犬歯を見せて、破れて穴だらけになったTシャツを一息に毟り捨てた。


「あら……」


 我知らず、感嘆の混じった声を上げたマッカム。

 女性に対して興味を持たない彼であるが、それでもこの反応は当然のことだろう。


 元生命樹(セフィロト)であった曹玲は第七ネツァクのセフィラを有していた。

 ネツァクとは勝利。そして堅実や勇気といった意味を内包している。諦めが悪く、しかしそれでいて確実に前進していく彼女にはふさわしいセフィラだったろう。

 更に言うなら、ネツァクは美しい裸婦という形象やイメージが存在し、ヴィーナスもこのセフィラに帰属しているのだ。


 だからこそ、スポーツタイプの下着に隠された胸以外をさらけ出している彼女の上半身は、性別の関係無しに誰しもが見惚れるほどに見事なものであった。

 形の良い胸、しなやかで程よく引き締まった肩やお腹。凛とした表情に、カラスの濡れ場のような艶の入った黒い髪。染み一つ無い健康的なその身体は確かにヴィーナスの名に相応だ。


「綺麗ね。もう少しオシャレに気を使えれば男の子も放っておかないでしょうに」

「そいつはどうも。だが生憎、そういったことはいまいち分からなくてね」


 それよりも……、と続けた曹玲が生大刀を持ち替えて、逆手にして握り込んだ。

 動作を見つめていたマッカムは疑問を浮かべていた――が、


「やはり生大刀を呼び出すだけではあなたを斃すことはできなかったか。さすがだよマッカム、私にこれまで出させるなんてね」


 言いつつ、曹玲が肩幅程度に足を開き、両の腕を顔の前で交差させていた。

 そして、息を深く深く吸い込んで、


「コオオォォ…………」


 両腕をゆっくりと腰の辺りまで持っていきながら吐いていけば――

 轟ッ!! と。けたたましい音を引き連れた極大の闘気が彼女から迸る。


 それはまさしくいななきだった。逆立つポニーは、声高に躍り上がるデストリア(軍馬)が如く。


「……ッ」


 巻き添えに弾け飛んだ道路や車の残骸をよそに、彼女の動作を見届けたマッカムの頬を一滴の汗が伝う。

 見た目の派手さはハリボテなどでは決してなく、天使化により本気になったマッカムをしても驚きの念を持たせるほどの質量であったのだ。


 これはいわゆる空手における不動立ふどうだちからの息吹いぶき

 丹田にめいっぱいの空気を取り入れ、気を体内に充満させる陰陽の呼吸法。

 可視レベルの闘気を纏いつつ、曹玲が姿勢を楽にする。


「この日本には、私に『道』を教えてくれた師がたくさんいてね」

「空手道だったりかしら? 元々あなたは中国拳法を得手としていたものね」

「当然それも含むさ。……が、生憎『武道』だけではなくてね」

「……?」

「色々と……学んだんだ」


 ガチャリ、と逆手に構えた生大刀を掲げ――瞬身。

 瞠目するマッカムを動さぬまま間合いをゼロへと塗り替える。

 突き入れた右の拳が彼の腕を砕き、そして断ち割った。


「ッ!」


 驚愕するマッカムだが無理もないことである。

 赤黒に変色し、戦火の拳士となった彼の肉体が容易く踏み越えられていたという事実。

 迸発された神力に比例して上昇した曹玲の攻撃力は、今しがたのものとは比にならない。


 何よりも、そのデタラメと言っていい曹玲の動きだ。空手をベースとした下半身にタメを含ませた動作に加え、自在に踊る生大刀の剣閃までもが付いてくるのだから。


「さあ終わらんぞ! まだまだ、まだだぁ!」

「――っ」


 逆手に持たれたその生大刀は突きの直後にやってくる。つまるところ、殴り斬る、とでも表現すればいいだろうか。ならばと空手の動きに警戒すれば、今度は刀に主軸を置いた剣撃が振るわれてくる。

 逆手で薙ぎ、ぐるんと手首を返した正眼せいがんからの縦一閃。

 十字に飛沫いた鮮血に驚く暇を与えず鼻っ面へと肘鉄をぶち込んだ。


 速く、鋭く、そして重い彼女の連撃。変幻自在に空手――合気――型の無い喧嘩からの剣道を垣間見せてまた喧嘩。

 はっきり言って、見た目的に到底上品とは言えないだろう。

 道を歩んだとしながらも、その戦い方は邪道極まりない悪党のもの。


 だけれど――それで良いのだ。

 曹玲は、確かに『道』を踏破した。

 それは武道、人道、正道といった表の道から、外道や邪道といった路地裏のものに至るまで。

 全国行脚をしてみせた彼女だからこそ、人間の持つあらゆる顔を見て、学び、そして受け入れたのだ。

 彼女は確かに陽の当たる道こそをと、お天道様に恥じぬよう顔を上げて歩む道こそをと臨んでいった。


 だが、その一方で、曹玲は自身が築いた悪逆な行為を否定しない。

 傷付けた者から、命を奪った者から目を逸らさない。陽の下で、血に穢れた手を使って食事をするのだと心得ている。

 彼女を構築する歯車は、殺した人間の血という潤滑油で回っているのだ。


「つまらん人間さ、私など」


 私は悪党で盗人で、お天道様に誇れる気概は持ち合わせてなどいない。しかし、あらゆる顔を見てきた曹玲だからこそ分かることがある。結局のところ、善人も悪人も、誰しもが心から争いなど望んではいなかったのだと。

 性善説というわけではない。有り体に言えばそう、くたびれるのだ。単純に命のやり取りなど、悪人や軍人といえども心身ともに疲弊する。

 得心した。だから絶対譲らない。路地裏の住人だからといって平和を願って何が悪い。


 それは開き直ったがゆえの、芯の入った矜持である。

 何しろ曹玲自身、今がそうだからだ。殺すのではなく、勝つ。平和的に(カラッと)勝負して、相手に負けを認めさせる。やられっぱなしでは悔しいから、だからとにかく叩きのめす。ただそれだけが彼女の原動力となっている。


 その格闘と剣術を合成させた戦法は、しかし敵手にとっては非常にやっかいな代物となっている。

 先ほどまでは生大刀に神力が集中されていたのだが、今の彼女は刀のみならず全身を闘気で漲らせている。つまり、今の曹玲はマッカムに等しく、その一挙一動が凶器となっているわけだ。


 七対三の勝負はいつの間にやら五分と五分。

 肉弾において他の追随を許さないマッカムに、とうとう曹玲が追い付いていた。


「……うふ、滾っちゃうわ!」


 だが、もちろんマッカムとて、ただ良いようにやられるわけではない。

 サングラスの奥の両目が生き生きと色を増す。

 赤黒い剛掌が空を裂いて迫り来る。ダン! と左手で受け止めた矢先に追撃の拳が振るわれた。


「――はん!」


 しかし何のその。笑みを刻んだ曹玲は生大刀を握った右手で迎え撃つ。より一層派手な轟音がハイウェイに響き渡り、鬩ぎ合う二者の血管が浮き出るほど流動した。


「フフ……! やるじゃない」

「……ハッ! 腕相撲じゃ一度もお前には勝てなかったが、今回は……っ!」


 ビギビギと、両手を拮抗させて踏ん張る二人の足元に亀裂が奔り――瓦解。

 崩壊する高速道路を尻目に、宙に投げ出された彼らはしかし、頓着しない。同時に拳を離し、落下しながら互いに拳撃を殺到させてゆく。


 腹を、頬を、みぞおちを――叩き込み、時に受け止めあるいは捌く。殴り斬る曹玲、鏖殺おうさつするマッカム。弾け飛ぶ血と汗が風に流され霧散して、けれど笑みを深めた両者は怯まず攻防を続行させ――

 ガン! と固めた右手同士をぶつけ合えば衝撃で道路の残骸が砂塵と化す。そのまま数瞬睨み合ってから、全く同じタイミングで離脱した。


 高架下にて十メートルほどの距離を取り、赤黒く変色した身体に新鮮な空気を取り入れて落ち着けるマッカムが感嘆の言葉を発す。


「はあ……っ、はぁ……。本当に、大したものだわ。何があなたをそうさせたのかしら」

「……ハアッ、ハッ……、い、言ったろう。お前をぶん殴るためだけに生きてきたんだ。あのままではシャクなんでね」

「そう……。でもだったら何で力の全てを見せないの? 使えるんでしょ、瘴気」


 問い詰めるようなマッカムに、しかし曹玲は鼻で笑って返した。


「冗談じゃない。あんな力をこの戦いに使えるか。趣味じゃないんだよ、毒だのクスリだの、敵の自由を奪うやり方は。……蜂やさそりとは違うんだ」


 からめめ手ならいざ知らず、問答無用で相手を蹂躙するのは戦いに非ず。戦争にすら矜持ルールはあるのだ。それを破ったら最後、人は堕ちて畜生以下に成り果てる。


「ふふ、甘いって言われちゃうわよ?」

「あなたに言われたくはないね。……ああそれと、私の扱う瘴気は黄泉を駆けた大国主の力の副産物みたいなものだ。シェイクとは関係ないよ」

「あらそうなの? 言われてみれば、確かに質が異なってるようにも見えたわね。粘っこさとか」

「本気を出させて私との勝負に集中して欲しかったんだ。思わせぶりなことを言って済まなかったよマッカム」


 気にしてないわとマッカムは返す。

 そして、頭上の光輪を一層輝かせながら彼は言う。


「安心なさい。今はアタシもあなただけを見据えているから」

「光栄だ……! あぁ堪らん、さあいざ続きだマッカム!」


 対する曹玲も神力を爆発させ、彼我の距離を殺して斬りかかった、瞬間、


「――曹玲ッ!!」

「ッ!?」


 突然マッカムが彼女を払い飛ばしていた。

 どういうつもりだと怪訝な表情を見せる曹玲はすぐさま瞠目する。


「な……!?」


 マッカムを、背後から光線が貫いていたのだ。

 腹を貫通され、血を吐く彼の背後から嫋やかな声が突如上がる。


「あらあら、優しいですねマッカム。でもその優しさこそがあなたを滅ぼす病魔となるんですよ?」

「お……まえ、は……!」


 歯を軋らせた曹玲が声の方角を見やれば、そこには上品に歩む見た目妙齢の女性の姿。

 目元に掛かった金髪を払いのけ、ロゼネリア・ヴィルジェーンが冷血な微笑を見せていた。

マッカム・ハルディート

37歳 210cm

所有セフィラ、第五ゲブラー(破壊)


繋錠光輪――強健なる戦火の使徒ロゥバスト・ボミグラニット

戦場を思わせるような赤黒い肉体に変質し、元々備えていた力を更に上昇させる強化能力。

そのパワーは桁外れゆえ、相手の心や神力を消し飛ばす効力すらみせるが、それはマッカムの本意ではなく、あくまで副作用としてである。

とはいえ、術者の思惑とは外れ、破壊のセフィラは形の有るもの無いもの問わず消し飛ばすことには違いない。


攻撃 10

防御 10

速度 5.5

神力 8

精神 7.5

技術 5

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