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金髪少女のホームステイ

 経年によって亀裂の走った石段を登る。

 最後の一段を踏み越え、赤い鳥居をくぐった。

 ――瞬間。


(……ん?)


 妙な違和感が大和を包む。慣れ親しんだものの中に異物が紛れ込んでいるかの如く違和。


「……なんだ?」


 首を傾げる大和に、「どーしました?」とチェルシーが声を掛ける。


「いや、何か慣れない感じがしてよ」

「気のせいじゃないですか?」


 ――にゃーん。


「どーにも落ち着かねえっつーか……」

「気のせい気のせい」


 ――みゃーん。


「…………おい」

「よしよしヤマト、今エサをあげますからね」

「おいコラッ! 何だその頭の上の物体は!」


 今まであまりにナチュラルに溶け込んでいたために遅れてしまったが、チェルシーの頭上に乗っている子猫にようやくツッコミを入れる大和。


「拾ってきました」

「拾うな拾うな! あと何だよその名前は!?」

「ヤマト」

「なんでよりにもよってその名前なんだよ!」

「安心してください。あなたは大和。この子はヤマト」

「安心できねーよ同じ発音なんだよどっちも『やまと』なんだよおちょくってんのか姉ちゃん。ああぁぁぁああン?」


 チェルシーの眼前にまで顔を近付けてのメンチ切り。が、「とぉー」と鼻をでこぴんされて悶絶する人間やまと。


「こんのアマ……!」


 鼻を押さえて憤慨しつつ、ハッと先ほど感じた違和感の正体に気付いた。子猫こいつだったのだ。考えてみれば、境内に猫が入り込むのは珍しい。


「なるほど、合点がいったぜ」


 やれやれそういうことかと、話は済んだとばかりに大和は腰に手をやり、


「いや、済んでねえよ!」

「何を一人で盛り上がってるんですか」

「うるさいな。さっさとそいつを野に帰してこい」

「嫌です」

「てめえ……。誰が餌代出すと思ってんだ? それにどうせ二、三日構って飽きて世話をしなくなるのは目に見えてんだよ」

「餌代は八城さん。世話も八城さん。わたしは撫でたりするだけ」

「捨ててこい」


 とびっきりの笑顔であった。白い歯がきらりと光り、しかし眉間には縦皺が刻まれていた。


「どーしても?」

「どうしてもだ。元いた場所に帰してこい」

「……分かりました」


 顔を伏せたチェルシーがそっと黒猫を掴んで――足元にポテッ。


「どこに捨ててんだてめーは!?」

「だってここにいましたもん」

「嘘つけや!」

「ホントなのに。ねーヤマト?」

『みゃーん』

「おーよしよし。ヤマトはかわいいですねー」

「やめろぉぉァ! その名前で呼ぶんじゃねえェェッ!」


 頭を掻き毟り、悶絶しながらの抗議の声。

 子猫を撫でていたチェルシーが仕方ないなぁと立ち上がる。


「分かりました。では飼うのに賛成か反対か、神崎さんも入れて多数決で決めましょう」

「はっ」


 アホなことを言う。と大和は鼻で笑った。

 俺と美琴は心で通じ合う家族同然の仲。だから結果など決まりきっているというのにこの女ときたら……、笑っちまうぜ。

 やれやれと呆れのポーズを取ってしまう大和。結果は賛成2、反対1でした。






「どうぞ、気にしないで楽にしてください」

「そりゃ俺の台詞なんだけどな」

「おー、たたみだぁ、古くさそーなタンスだぁ」

「ほっとけや」


 大和の家に上がり込み、一体どこから持ってきたのか、大きなかばんをドサッと置いたと思ったら、早々に茶の間でちまちま動き回るチェルシー。おまけに「コンセント借ります」とか言ってスマホの充電までやる始末。慎ましさなんてどこにも無かった。


 ぺたりと座布団の上に座り、黒猫を頭の上に置いたまま大きく伸びをする。

 するとそこで美琴がタオルを持って近付いていた。


「とりあえずその子の足拭いちゃおうか」

「頼むから柱で爪研ぎだけはさせんなよ」


 子猫を抱えて丁寧に拭いてあげる美琴をムスッとした表情で見やる大和。

 ったく、と息をつく彼を座っているチェルシーが見上げた。


「苦労性ですなあ八城さんは」

「てめーのせいだよちったぁ遠慮しろやてめークラッ!」


 完全に荒くれていた。

 しかしこのままでは話が進まないので、不服ながら折れることにする。


「で、だ。チェルシー、お前にゃ聞きてえことがいくつかある」

「そーですな、まあその前にお茶くださいな。熱いの」

「…………」


 ほんと遠慮ねーなこいつ……。

 しかしまあ、飲み物くらいは出してやるかと大和が振り返ったところで、


「ああいいよ、あたしがやるから」


 美琴が引き受けることになる。


「どーも。催促したみたいで悪いですなあ」

「いーよいーよ。気にしないで」


 綺麗にした子猫を大和の頭の上に乗せ、美琴は台所の方へ向かっていった。


「良いお嫁さんですねー八城さん」

「だーれが嫁でい」


 ケッとそっぽを向く大和。

 すると頭上の黒猫がもそもそ動いてから大和の頭皮をカリカリ引っ掻く。


 カリカリ。カリカリ。――ガリガリガリッ!


「いって!? こいつ爪出してやがる!?」

「絶妙に懐かれてませんね」

「このヤロー、お手入れしちゃうぞコラァ!」


 引き剥がそうと子猫を掴むが、必死こいて抵抗された挙げ句に今度は指を噛まれる始末。「んぎゃー!」と絶叫が轟いた。


「騒がしいわねあんたは……」


 そこで呆れ返った美琴が三人分のお茶を持ってくる。


「だってよーオカン! この猫がよー!」

「だーれがオカンよ!」


 失礼なことをぬかす男に対し、髪を跳ねさせ美琴がキレる。

 その形相に驚いた子猫が逃げるように飛び跳ね、ぽてんとチェルシーの頭に納まった。

 っとにもう……と、嘆息しつつテーブルに着いた美琴が人数分のお茶を並べ始めた。


「熱いから気を付けてね」

「ありがとーございます」


 ずぞぞぞっとチェルシーは淹れたてのお茶をすすり出す。

 金髪で青い両目をした、いかにもな外国人の少女が座布団の上で正座をして茶を飲むというのは、少しシュールであった。などと思ってたらもう足崩した。だれるの早すぎ。


 まあそれはともかくと、大和が真剣味を帯びた顔でチェルシーに問う。


「さて、とりあえず聞きてえのはお前らの目的だ」

「それはですね」


 途端、大真面目な顔をしながらカポッと菓子入れの蓋を開けてせんべいを取る。


「んーと、ろうぇにいふぁえて……」


 ばりぼりばりぼり。ごくん。


「わたしが太陽を治めて」


 もう一枚。


「このへはいをへらふんでふ!」


 ばりばり。


「しゃべるか話すかどっちかにしような? つまり食うな」

「あ、すいません」


 もう一枚。


「んで食うのかよ!?」


 なんやねんこの外人。

 だがいやしかし、こんなことでへこたれる訳にはいかんのだ!


「……おい、いいかお嬢ちゃん。お前あんまり人をおちょくってると、」

「チェルちゃん、お茶のおかわりいる?」

「いただきます」

「お前も甘やかすなよ……」

「いやなんか、かわいくてつい……」


 たははと笑う美琴につられて大和も目の前のチェルシーを見やる。

 確かに見た目は相当の美少女だ。言動や行動が俗っぽいのは一長一短かもしれないが、それはそれで魅力の一つでもあるのだろう。

 でもこいつ、これでいてあのシェイクやウォルフらと同胞なのだからおっそろしい。


(……一体どんな力を秘めているのやら)


 と大和は自然と深いため息をついた。


「おやおやため息なんふぇふいひゃって」

「まだ食っとるし」


 いい加減にせーや。


 ずずっと二杯目のお茶を飲み干したチェルシーに、さてようやくと大和が切り出す。


「お前が第六ティファレトを掌握するっつーのは、前に曹玲から聞いたこともあるから知ってるよ。だが俺が知りたいのはその先だ」

「先、とは?」

第六(ティファレト)を反転させて太陽を手中に入れる。その先だよ。夜に続いて昼間さえ恐怖に染めて、お前ら一体何をしようとしてやがる。世の中ぶっ壊そうってか?」

「まさか」


 大和の問い詰めに、チェルシーはきょとりとした顔で返した。


「そんなことしませんよ。わたしたちが目指すのはあくまでも生命樹セフィロトの安定です」

「安定だあ?」

「そうです。んー、例えば歯に小骨が引っかかったり、靴下を裏返しで履いたりしたら八城さんはどうします?」

「んなもん気持ち悪いからさっさと直す」

「そーでしょ? 今の生命樹がまさにそれなんですよ」

「あん?」


 疑問の声を上げる大和だが、そこで美琴が入ってくる。


第六(ティファレト)だけが太陽を治めてないのが、生命樹セフィロトにとって違和感ってこと?」

「神崎さん正解」


 美琴を称えたチェルシーが指を立てて続きを話す。


生命樹(セフィロト)の不安定というのはすなわち、世界の情勢にも直結するんですよ」


 儀式によって反転を終えたとはいえ、役割を完全に果たしていない第六ティファレトが存在することは、世界にとっても違和と不安定をもたらすのだとのチェルシーの弁。

 それゆえに、全てのセフィラを完全に反転させて安定させようと。


 だが、納得のいかない大和が食い下がる。


「なんだそりゃ。あの瘴気や夜の邪気が生命樹セフィロトの違和のせいだってか? 冗談ぬかせよ、どう考えてもそれを治めてるシェイクたちの影響だろうが!」

「それは否定しません」

「だったら――」

「――ティファレトは言わば心臓です」

「あ?」

「ケテルから送られた神聖な気を、生命樹全体に循環させるのがティファレトなのです。中心にいる太陽が、公転する星々に陽光を注ぐのと同じように」


 重要なポンプ役。けれど歴代第六(ティファレト)は実力不足や思想のズレゆえに、天照の傘の中から脱することが出来なかった。言ってしまえば、あらゆる点で徹することが出来なかったのだ。


 血が通わなければ人は死ぬ。油が行き届かなければ機械は朽ちる。

 さすがにそれが生命樹セフィロトに当てはまるとは言い難いが、それでもケテルの神気という血液が不足すれば、『樹』としての機能が低下するのは明白だ。


 善にせよ悪にせよ、表にせよ裏にせよ、第一ケテルという頭の理念に第二コクマー以下は追従せねばならない。あちらは表でこちらは裏で、などと好き放題を許していたら統率が取れず、結果は瓦解。それはあらゆる組織でも同じこと。


「反転って言いますが、言い方を変えれば足並みを揃えるために同じ方向を示すってだけですよ。第一ケテル――メイザースがセフィラを治めた時に西を向いたから、それまで東を向いていた他のみんなも続きましょうってだけ」

「……つまり、お前が太陽を治めれば世の中安定するってことか?」

「それを目指すつもりです。ずいぶん前に、メイザースに冥王星ここまで光を届けてくれとも言われましたし。べつに世界を引っくり返そうってつもりはありませんよ。少なくともわたしやメイザース、マッカムにロゼなどは」

「……」


 瞬間、大和はまたも奇妙な違和感を覚える。何かこう、依存めいたものを感じたのだ。

 しかしそれは口に出さず、代わりに浮かんだ疑問をチェルシーにぶつける。


「俺が曹玲ツァオリンに聞いたのは、天照が昇ってるからある程度地球の安寧が保たれてるってことだ。俺だって実際そうだと思うぜ」

「それも否定はしません」


 だけど、とチェルシーは続ける。


「神崎さんに宿る天照、確かに規格外の神力を放っています。数個のセフィラなら問題無く抑え込んでしまうほどに。……でも、第一ケテルを含む十のセフィラを相手取って永遠にそれが出来るかと言えば、答えはノーです」

「……」

「無茶な力の抑圧は捻れやひずみを生み出します。いくら天照とはいえ、いずれ必ず許容量を超えて――ボン、ですな」


 手のひらをパッと開いたチェルシーを見て息を呑んだ大和と美琴。

 それを見たチェルシーが「そういうわけですので」と美琴に向き直る。


「このままだと世界がポコーンとなっちゃうので、太陽わたしにください」

「いやそんな一口ちょーだいみたいな調子で言われても……」


 困ってしまう美琴であった。

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