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桜の少女

 夜に浮かぶ土星が神崎美琴を凝視する。

 惑星を周回する莫大な輪は斜め方向に連環されていて、まるで大巨人がからかうように小首を傾げているようだ。

 大いなる存在の諧謔とも言えようか、その不安定さが気味の悪さと恐怖を加速度的に増長させていた。


「あ……ぁぁ……っ!」

「おい、どうした?」


 戦慄いて後ずさる美琴を見て、怪訝に思った曹玲が声を掛けた。

 問われた美琴が振り返り、「あ、アレ……」と震えた手で指し示す。


「うん? 別に何も見当たらないぞ」

「えっ!?」


 だが曹玲の反応は全く違うものだった。

 そんなまさかと思った美琴が慌てて夜空を仰ぎ見るが、


「あ……れ……?」


 無い。本当にどこにも無い。

 見渡せども視界に入るのは夜の闇で、代わりに見つけたのは先ほどと変わらない半月だった。


「そんな……」


 我知らずそう漏らした美琴。

 まさか、あれほどの存在を放っていた天体が幻だったとでもいうのだろうか。

 ありえないと思うと同時に、今しがたの土星の姿が脳裏から霞がかったように消えていく。


「……ッ」


 記憶が混濁し、視界が酩酊してくる。

 まるで狐にでもつままれたかのようだ。

 眉間を押さえて俯く美琴の肩を抱き、曹玲が軽く叱ってきた。


「まったく……。だからあれほど月を直視するなと言ったんだ」

「月……を?」

「そうだ。あんなものをいつまでも見つめていれば、そりゃ体調を崩すさ」

「う、すいません……」


 しゅんとした美琴が力無く謝罪する。

 それと同時に、眩暈のする意識の中で納得した。あれは邪悪な月が見せた幻覚で、この不調も誘蛾灯よろしく魅せられた自分への報いであると。


 どういう訳か、今日の月はいつもとは違った気がしたのだ。一切合切を呵責無しに蹂躙する気配が今日は無く、友人でも誘うかのように自分の意識を気軽にトントンとノックしてくるような……。


「…………」


 バカかあたしは。今さっき曹玲さんに言われたばかりなのに。

 それも月の魔力による罠なんだと、美琴はかぶりを振って自戒する。


「大和たちはとっくに寝たようだ。私たちも眠るとしよう」

「はい」


 まだ少しふらつきながらも、美琴はもぞもぞと寝袋の中へともぐり、やってくる睡魔に身を任せていった。







「……あ、れ?」


 そこは見知らぬ空間だった。

 黒いような赤いような、あるいは白くとも感じ取れる色調がその場を染め上げている。

 空があるのか、地面があるのか、視界にあるのは地平線なのか壁なのか、とにかく理解が追い付かない。


 身体中を覆うのは言いようの無い浮遊感だった。四方八方がまるでもやの如く掴みどころが無く、まるで蜃気楼の中に迷い込んだようだ。


「あ、たし……」


 神崎美琴はこめかみに手を置きながら、辺りの景色に目を向けた。

 どこだろう、ここは。あたしは眠っていたはずなのに。

 ぼんやりとした意識の中、おもむろに美琴は自らの頬をつねってみる。


「いたっ!?」


 だが返ってきたのはリアルな痛覚だった。

 どうやら夢というわけではないらしい。ズキズキと痛む頬をさすりつつ、涙目になりそうなのを懸命に堪える美琴。

 不幸中の幸いか、痛みのおかげで五感が覚醒し、少し冷静になった美琴は改めて周囲の状況を確認する。


「うーん……」


 やはり見覚えは無い。というより地球上にある場所とは思えない。まさか黄泉のような世界へ知らずに入り込んでしまったのだろうか。

 そこまで考えた美琴であったが、不思議と彼女の胸に不安というものは湧いていなかった。どころか、この靄からまるで慈母の息吹の如く抱擁感を覚えていた。


 とろけるような夢心地に身を任せそうになる美琴だったが、すんでのところで思いとどまる。

 いくら嫌な気配がしないといっても、得体の知れない所には違いないのだ。いかんいかんとかぶりを振って、意志と四肢に力を入れた。


「あれ?」


 その時である。周囲の霧がふわふわと形を変えて膨らんで、次の瞬間にはパッと弾けてピンクの雪を降らせていた。

 いや、これは雪ではない。……桜だ。桜の花びらである。


「ふわぁ……」


 なんとも幻想的である。しんしんと、はらはらと、時間の流れが停滞しているかのように、桜吹雪はゆったりと降りそそいでピンクのカーペットを敷き詰めていく。


 桜色で彩られた鮮やかな光景に、美琴は目を輝かせて見入っていた。

 手のひらで花びらを受け止め、慈しむように見つめてみる。傷や染み一つ無い、芸術の域にある花弁だ。天上世界から舞い落ちてきたといっても過言ではないだろう。


「あら珍しい、お客さまですか?」


 そこで、美琴に向かって本当に天界から声が掛けられた。

 ……いや、思わず天界の住人かと間違えるほどの透き通った声であった。

 良かった、人がいて。ホッと胸を撫で下ろして心細さを振り払う美琴であったが、


「初めまして。お花はお好きでしょうか?」

「――」


 瞠目、した。

 清らかな鈴を転がしたような、愛らしくも神聖さを帯びた声音。

 その声の持ち主が、ゆったりとこちらに近付いて、徐々にその輪郭を明らかにさせる。


「丁重に扱っていただいて、この子たちも喜んでいますわ。わたくしも嬉しい限りです」


 たぐい無いほどに可愛らしい少女であった。歳は美琴よりも少し下、十五前後であろうか。

 雪を欺くほどの真っ白な肌は、穢れを全く寄せ付けない高潔さを纏っている。

 で、ありながら年相応のあどけない顔には笑みが浮かび、その頬はほんのりと桜色に染まっていた。


 桜。彼女の第一印象はまさにそれであった。


 こちらを見つめる瞳は慈愛に満ちており、なおかつ捉えどころの無い神秘的なもの。絹のような柔らかな髪は、左肩の辺りで結われて胸へと垂らされ、旅館の若女将を連想させる。


 その瞳も髪も、等しく艶やかな桜色。


 纏ったワンピースも桜色であり、その上にはなぜかグレーのポンチョを羽織り、足元は真っ白なミュールで飾っていた。はっきり言って季節感がバラバラだが、不思議と少女の品位は損なわれず、どころか良く似合ってすらいた。


「ふふ、ほらほら皆さんもあいさつなさって」


 彼女は舞い踊る桜に向かって微笑みかける。

 可憐であった。幼さが残るというのに、同性の美琴も我知らず見惚れてしまう。

 所作のひとつひとつに趣が込められているのだ。


 しとしと、と。濡れ掛かった色気を放ちつつ、舞い落ちた花びらの上を進む少女。固唾を呑んでよく見返せば、足元の花弁は僅かにも歪むことなくんでいた。水面みなもの上を歩んでいるかと錯覚するような情景であった。


 両手を上げて桜吹雪を抱く少女。応えるように、花弁の群れが彼女に向かって啄むようにキスの雨を降らせている。


「ふふふふっ……、あはっ。もぉ……」


 それを受け、くすぐったそうに身悶える桜の彼女。

 隙を見せているようで、それすら絵になると感じてしまう。


 典雅てんがで、風雅ふうがで、雅やか。和をたっとあま少女おとめと喩えるに相応しい。


 驚嘆し、固まったまま微動だにしない美琴を眺めた少女が、その清らかなくちびるから聞き惚れる言葉を紡いだ。


「せっかく御出でになられたのです。少し、わたくしとお話しいたしませんか?」

「あ……はい。よろしくお願いします」


 こてん、と。可愛らしく小首を傾げて問うてくる淑やかな少女に、美琴は緊張してそう返答するのがやっとであった。


「こちらですわ。ほら、ここ。一緒に座りましょう?」

「えーっと……」


 桜の少女の後に続いた美琴だが、突然座り込んで隣を促してくる彼女に戸惑ってしまう。

 とはいえ、断る理由も道理も無い。

 あなたは誰なのとか、ここはどこなのかとか、聞きたいことはいくらでもある。

 いつの間にか桜吹雪が止んでるなあと思った美琴が、並んで腰を下ろそうとしたのだが、


「――あッ!?」


 驚きに目を見張る。

 ゴシゴシと、何度もまぶたをこすってみる。

 けれど目の当たりにした光景は変わらず、美琴は混乱を深めるばかり。


 なぜなら、座る少女の膝から下が消失していたのだ。

 消失、というと少し語弊があるかもしれない。どちらかと言うと、空間に呑まれているかのようだった。

 桜の少女が不思議そうにこちらを見上げる。


「どうか致しましたでしょうか? あっ、足元気を付けてくださいませ」

「え?」


 疑問の声を上げた――瞬間。

 薄ぼんやりとした辺り一面の視界が一気に晴れた。


「な――」


 視界に広がるのはとこしえに続く夜であった。

 否、これはただの夜ではない。巨大岩石やガスの塊が漂い、星屑がほうきとなってあての無い旅を続ける広大な闇の世界。


 宇宙そのものであった。


 見やれば、少女の脚は消失などしていなかった。ただ、腰を下ろしている場所からプラプラと脚を遊ばせているだけだったのだ。

 足元に気を付けろとは、目前の断崖から滑落しないようにとのことだろう。


 いや、宇宙とは無重力だ。地球内のように上から下へと堕ちることはないはずである。

 ん? だったらなぜ呼吸ができているのだろう。てゆーかここはどこ?


「あ~う~~!」


 なんかもー、わけ分かんない。

 頭を掻き毟って唸る美琴に、少女はクスクスと微笑みかけてきた。


「とりあえず座ってみてはいかがでしょう」

「はい……そうします」


 おっかなびっくりしゃがみ込み、桜の絨毯にお尻を落ち着ける美琴。

 横にいる彼女のように、脚をぶら下げようかどうしようか、恐怖と共に逡巡する。


「だいじょうぶですわ。いざという時、わたくしが護ってさしあげますから」

「お、お願いしマス……」


 カチンコチンに硬直していた。年下の前でなんともまあみっともない姿である。

 ギリギリと、ぜんまい人形の如くぎこちない動きでありながら、遂に美琴は中空に向かって脚を放り出すことに成功していた。


「あぅぁぁぅ……、ひぃぃぅぅ……」


 ものすごい鳥肌だった。オレンジ色の長い髪が静電気でも浴びたように逆立っている。

 下を見やれば点在する星の瞬きと、それを呑み込みかねない膨大に広がる闇があった。

 見ているだけで心臓がキュッとする。脚がぶらぶらしているから尚のこと。絶叫マシーンなど比ではない。


 今の美琴の腰はどうしようもないほどにムズムズしていることだろう。指でも這わせれば奇声を上げて飛び上がるに違いない。


「あ……、あの、こ、ここってどこなんですか? あたし、いきなり迷い込んじゃったみたいで……」

「はい、土星ですわ」

「え、土星?」

「はいっ」


 あどけなくも淑やかな笑顔を返してくる桜の少女。ホント綺麗で可愛らしい。

 ああなんだ土星かと、受けた単語を胸中で消化して落ち着いて――


「いや落ち着けねえ!?」

「……?」


 突然狂乱する美琴を、きょとんとした顔で少女は見つめていた。


「土星ってどゆことですか!? まさかUFOの喩え!?」


 ということはさっき自分が見たのは実は土星じゃなく超巨大UFOとか!?

 だとしたら合点がいく。眠ってる間に変な光線で吸い上げられてここにいるのだと。


 じゃあまさか、この子は宇宙人?

 あたしをサイケデリック光線で改造して虫の超人にでもするつもりか。

 ……嫌だそんなの。特撮は好きだけど自分は変身したくない。


「せ、せめてレッドが良いです! こう、センターでバシッと!」

「ふう~~っ」

「……何してるんです?」


 少女は全く聞いてなかった。

 両手いっぱいに花弁を乗せ、それを吹いて飛ばして遊んでいる。


「ええ、退屈でしたので、たんぽぽごっこを」

「たんぽぽごっこ?」


 綿毛を飛ばすアレを真似たようなものだろうか。というか退屈ってはっきり言われた。へこむ。

 一方の少女は落ち込む美琴に「冗談ですわ」と付け加え、はんなりとした仕種で目を細める。


「わたくし、天華てんげと申します。あなたのお名前は?」

「あ、と、美琴です。神崎美琴」

「美琴……」


 瞑目し、その名を反芻するように呟いた少女――天華。

 やがてその桜色の瞳を開き、妖しげに嬌笑を浮かべて一言、


「美琴は特撮がお好き、と」

「やめて!? ほじくり返さないで!」


 完全に涙目だった。

 それを見た天華は口元に手をやってクスクスと笑っている。結構Sなのかもしれない。

 む~っと口を尖らせる美琴を宥めるように、手を大仰に振っていた。


「ほら美琴、後ろを御覧くださいな」

「んー?」


 促された美琴が何気なく振り返ると、


「わっ……!」


 視界に飛び込んでくる黄土色の巨星。

 渦巻く大気による濃淡の斑模様が疾走し、生きているガス惑星だと認識できる。


 ――土星。


 裏付けるように、視線の先には星を囲むリングが見渡せる。

 綺麗だ。美しい。美琴は素直に感嘆した。

 先ほど山中で見たときとは違う、穏やかで温かな鼓動まで感じ取れるようだ。


「ホントに……土星だ……」

「ね? だから申したではありませんか」

「面目ないです……」


 ペコッと頭を下げる美琴。

 と、そこで疑問が生まれた。

 一体自分たちはどこに座っているのだろうか。

 今更だが質の良いベンチの上にいるような座り心地だ。


「土星の輪の上ですよ」


 心を読んだように天華がそう告げた。


「え!? だって土星の輪って細かい岩や氷の粒で出来てるんじゃないですっけ!?」

「それですと少々落ち着き辛いので、座りやすく致しました」

「す、座りやすく……?」


 美琴の疑問に、天華は花のように「はい」とむ。


「それと、先ほどは驚かせてしまいましたが、ここから堕ちる心配も、土星の台風に巻き込まれる心配もしなくて結構ですわ。土星あのこに、そのようなおいたはさせませんので」

「おいた……」


 どこまで本気なのだろう。

 そのうち土星の頭をいいこいいこと撫でかねない口ぶりだ。


(まさかね……)


 さすがにそんなことありえない。

 乾いた笑いを漏らす美琴に天華がふと提案する。


「わたくし、もっと美琴とお話ししたいです。色んなことを聞きたいですわ」

「はい、あたしなんかで良ければ好きなだけ」

「ふふ、ありがとうございます」


 そうして、二人の少女は並んで星々を眺めつつ語り合った。




「なるほど、地球ではそのようなものが流行しているのですね」

「まあ流行り廃りも多いんですけどねー」


 美琴は天華に様々なことを話した。

 食べ物のこと、ファッションのこと、学校のことに遊びのこと。

 およそ彼女が知り得る限りの楽しいことを天華に伝えた。


 天華は興味深そうに笑みを浮かべ、時折こくこくと相槌を打って聞き入っていた。

 満足そうに目を細めていた。桜色の瞳が輝き、年相応に見える瞬間も確かにあった。

 と、そこで天華がいたずらを思いついたような顔をする。


「ところで……しきりに話に出ていた『大和』というのは?」

「……あたしそんなに名前出してました?」

「ええ。とっても」


 天華のくちびるが弓のような弧を描いた。とても愉しそうに。というか意地悪そうに。


「彼氏さん、でしょうか?」

「や、いやいや、そんな! そんな!」


 両手を真っ赤な顔の前でぶんぶん振った美琴が否定する。

 やがて、一泊置いてから続けた。


「……家族です。あたしの大事な」

「うふふ、そういうことにしておきましょう」

「や、ホントに……」


 下を向いてもにょもにょ呟き、両手の指をいじいじする美琴。

 一方の天華は、お尻の側の花弁を一枚手に取ってから、フッとそれを飛ばす。


「本日はありがとうございました。本当に楽しい時間でしたわ」

「いえいえ、あたしの方こそ楽しかったです」


 にこりと顔を綻ばせた天華に対し、同じくパッとした笑顔で以て返す美琴。

 それを眺め、感心したように天華が漏らした。


「美琴は強い女性ですね」

「え? あたしが……ですか?」


 きょとんとした反応を示す美琴に、「はい」と天華が応える。


「あなた、お腹が病んでいるのでしょう?」

「――ッ」

「そう驚かないでください。なんとなく分かってしまったのです」


 慈しみの心を込めて、天華は美琴の眼を見つめる。


「あなたはわたくしにたくさんお話をしてくれましたが、そのような身体にも関わらず、弱音や愚痴の類を言葉にしないどころか態度の一片にも表さず、暖かな笑みを向けてくれました。それは美琴の持つ天性のものなのかもしれませんね。だからこそ、わたくしは心から愉しいと思ったのですわ」

「いやぁ、あたしもなんかテンション上がっちゃって腹痛を感じる暇も無かったっていうか……」


 でへへと、はにかんで頭を掻く美琴。

 一方の天華は、おもむろに美琴の腹部へと右手を置いた。


「では、わたくしが良くなるおまじないを致しましょう」

「え、ホントに!?」

「はい」


 そして両眼を閉じた天華が呟き始め、美琴のお腹を優しくさすり出す。


「痛いの痛いの~~」


 言いながら、パッと桜色の瞳を開かせて、


「飛んでけ~~っ!」


 大仰に美琴のお腹から右手を薙いでいた。とても満足気に。

 数瞬、呆けていた美琴であったが、やがてじんわりと湧いてくる嬉しさに身を任せて笑みを浮かべていた。


「あはっ、ありがとう天華さん。すぐにでも効いてきそうな気がします」

「きっと良くなりますわ。あ、そうそう」


 一つ指を立てた天華が自信満々に美琴に提案する。


「そのような酷いことをする人には、あかんべえをしてあげましょう」

「あ、あかんべえですか?」

「はい、あかんべえ」


 言って、ペロッと可愛い舌を出す天華。


「その人が慌てているときなどに、べえっとして差し上げましょう」

「うーん、その人を慌てさせるのが前提として難しい気が……」


 ロゼネリアの余裕然とした態度が目に浮かんでしまう。


「だいじょうぶ、必ず機会は訪れます」

「ん、分かりました。チャンスがあったらやってみます」

「約束ですよ美琴。それでは誓いとしてゆびきりをしましょう」


 天華が伸ばしてくる小指に、苦笑した美琴も同じように小指を絡ませる。

 キュッと、それはまるで高潔な女神に抱きしめられたかのような感覚だった。


『ゆーびきーりげんまーん……』


 二人の少女が歌うように誓いの言葉を紡いでいく。

 いや、事実としてこれはもはや天唱てんしょうだ。聖歌隊のコーラスですら及ばない神聖さを孕んでいる。


(あれ……)


 そのとき美琴は気付いた。徐々に周囲の景色が霞掛かっていくことに。

 それは、目の前にいる天華に対しても同じであった。

 思わず、絡める小指に力を入れる。掠れゆく天華はそんな美琴の反応に微笑みで返した。


『そろそろお別れです、美琴。きっとまた会えますわ』

「あたし、あたし絶対に約束守りますから!」

『ええ、必ず』



 ――ゆびきった。





「……ありゃ?」


 もぞりと、神崎美琴が寝袋の中で目を覚ました。

 テントの隙間から入り込む朝日を眺めつつ、徐々に意識を覚醒させる。


「……なーんか大事な夢を見ていたような……」


 寝ぼけ眼のままむくりと起き上がった。

 そして、違和感。


「――ッ!?」


 慌てて衣服を捲り、呪いで黒ずんでいるはずのお腹を確認する。


「――治ってる……」

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