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対決! 千円自販機の中身

 逢魔おうまとき、という時間帯が存在する。

 太陽が沈みかけ、世界が黄昏色に染まる短い時間。

 景色も、人の気持ちも、あらゆるものが薄ぼんやりとした、それはとても儚いひとときだ。

 ゆえ、全てが不安定だからこそ、付け入る隙を狙う妖魔が活動を開始する恐怖の時間帯でもある。


 不幸なことに、それは創作だけでなく現実の世界でも起こり得る事象となっている。

 夕刻から夜にかけ、この地球はあらゆる意味で闇を増していく。

 昼間とは別人であるかのように豹変する人間が一部で発生し、次々と凶悪犯罪を起こしてしまうのだ。この世界情勢の中、比較的平和である日本もこれだけは注意せねばならない。

 特にそこから先の月が浮かぶ夜は、覚醒しきった悪意が闊歩するため非常に危険だ。


 よって、夜の街というものは縮小されている。中には夕方や夜の闇の影響を受けない場所も存在し、それは神社や寺などが顕著である。

 中にはどういうことか、いわゆる神格のいないところにもそういう場所があり、遊びたい者や人と語り合いたい者などがつめかけて商売やスポーツなどが行われている。おそらく地殻や龍脈の関係だろうと、大和は読んでいる。


 しかしまあ年頃の高校生にとって、さっさと帰って引きこもって勉強でもしてろ、というのはあまりにも過酷すぎる。ギリギリまでぷらぷらしたいのは当然だろう。あくびを噛み殺しながら放課後の街を歩いている大和がぼやいた。


せわしねえ生活だよ全く」

「あたしら学生はまだ恵まれてる方よ。社会人は仕事終わったら帰宅一直線だもん」

「スポーツのナイターはほとんどやってねえし……、つーか夜勤自体が減ったからな。屋根の無い場所のもんは特に」

「代わりに警備業は増えたけどね。居酒屋にも配置されてるし」

「……そんなとこで飲んでも楽しくないだろ」


 美琴の説明にげんなりする大和。

 仕事終わりの一杯すら満足に楽しめない。ならばと休日の昼に飲みに行こうとすると奥さんにがなられる。世のお父さんはますます肩身が狭くなっている。


「んー」


 一方で、チェルシーが何か変わったものはないかなと辺りをきょろきょろ見渡していた。

 と、その目端に何かが映る。


「ねえねえ八城さん神崎さん、あれってなんでしょ?」


 チェルシーが指を差した方向には『千円で夢が手に入る!?』と書かれた黒い自動販売機がデーンと置いてあった。ジュースの自販機とは違い、ボタンが台の右側に十六個集まっている。


 その大きな自販機には携帯ゲーム機や音楽プレイヤー、デジカメなどの電化製品から、有名ブランドの財布やアクセサリー等々の写真が貼ってあり、いかにも購買意欲をかきたてるような煽り方をしていた。


 馬鹿な! とチェルシーが驚愕の顔を晒していた。


「赤字覚悟……じゃないですか……!」

「こんなもん当たるわけねーだろ。出店のクジと同じだよ」

「あはは、外ればっかりらしいよ」


 驚くチェルシーに、大和と美琴が現実を突きつける。


「……いえ、ここは引くわけにはいきませんね」


 だが、挑戦しようというチェルシーの気概は崩れない。彼女はおもむろに千円札を取り出して自販機に近付いた。


「え、チェルちゃんやるの」

「ほっとけ美琴。一回くらいこいつは痛い目にあった方が良いからな」


 心配する美琴と、外れ引いたときに指さして笑ってやろうとニヤつく大和。

 そんな彼らを尻目に、チェルシーは遂にお金を投入した。

 すると、四つ並んだボタンが四列、計十六個のボタンが一斉にランプを点灯させた。


「むう……いったいどれが正解なんでしょ?」

「深く考えずに好きなのを押せば?」

「ま、玉砕してこい」

「よーし」


 いざ! と意気込んだチェルシーは、二段目の一番右のボタンを勢いよく押した。「ゲーム機ゲーム機!」と念を入れている。


 ガゴン! という音と共に、取り出し口に勢いよく商品が落下してきた。

 大きくて白い無機質な箱が、中身の想像をかきたてさせるよう挑発してくる。チェルシーがその箱を取り出してみると、なかなか重そうである。今度は振ってみると、ガサガサと返事をするかのように音を立ててきた。


「アピール! アピールしてますよこの子!」

「へー、期待できるかもじゃん」


 子供みたいにはしゃいでいるチェルシーに、美琴は我知らず笑みをこぼす。

 さすがに大和も今おちょくるのは気が引けるので、何気なく空を見上げた。


(……まだ時間には余裕があるな)


 陽の傾きを確認し、その眩しさに思わず目を眇める。

 いざこうして眺めると、本当に神々しい。太陽崇拝が存在するのも十分に頷ける。

 実家の神社も太陽神を祀っているしなーなどと思っていると、「あ、ゲーム機だ」という声が聞こえ――


「うそおッ!?」


 目を丸くさせながら声の方向に激しく振り向く。

 その勢いのまま大和はチェルシーらの元へ駆け込んだ。


「ほんとですよ。ホラ」

「チェルちゃんすごいや、これホントに当たるんだね」

「な……に……!?」


 マジだった。チェルシーの手に握られていたのは、最新式の二画面あるゲーム機だ。こっちの目線を掴んでくるため、安定した3D機能を楽しめる超人気機種である。しかもLLサイズ。


「いえーい」

「ぐ……ぬぬ……」


 超小馬鹿にしたようなチェルシーの棒読みとピースサイン。

 あなたとはツキが違うんですよツキがと、心底挑発してくる態度である。


「こ、このやろー、舐めやがって!」


 で、あっさりとそれに乗ってしまった大和は、乱暴に財布から千円札を抜き取る。


「えー? やめとけば?」

「いいか美琴、男にゃ絶対に引けない勝負ってのがあるんだ」

「女の子相手に?」

「うっさいな」


 呆れ顔で止めようとする美琴にそう言って、大和は黒い自販機の元に勇み立って進んでいく。


 ガー、と札を突っ込むと、なぜかガーっとまた出てきた。

 小さく舌打ちして、再びその千円を投入する。

 ガー。ペロン。


「入れよさっさとッ!?」


 イライラすんなあ! と頭を掻き毟る。機械にまで馬鹿にされる始末であった。

 五度目の挑戦でようやくランプを点灯させた大和は、真剣な表情でそれを見やる。

 先ほどチェルシーが押したボタンは売り切れ状態になっている。残り十五個、さてどれを押すべきか……。


「ねっ、ねっ、どれにするの?」

「ん?」


 いつの間にやら美琴が興味津々な様子で隣まで来ていた。

 なんだかんだ言いつつ、彼女もチェルシーの強運を目の当たりにしてテンションが上がったのだろう。ずずいと寄ってくるから女子特有の甘い香りがする。近い。


 数瞬だけ考え、大和は左上から数えて十一番目、つまりは三列目の左から三番目のボタンを押していた。

 なぜ十一かというと、大和が六月生まれで美琴が五月生まれであり、単純にそれらを足した数字だからである。恥ずいから絶対に言えないが。


 そんなことを思っていると、ぽそお、と間の抜けた音と共に箱が落ちてくる。大きさもチェルシーのと比べると遥かに小さい。


「……確認せんでもクソ商品だと分かるんだが」

「い、いいからほら、は、早く開けなさいよ」


 ドキドキした様子で大和の持つ白い箱を覗き込む美琴。

 どれどれー? とチェルシーも近寄ってくる。


 大和は彼女たちが見やすいように、腕を下げて慎重に白い箱を開封していく。なんだかんだで大和も緊張していたし、美琴とチェルシーもわくわくとした感じで注目していた。


「お、箱があるぞ!」

「「おおーっ!」」


 大和の言葉にハモる女子二人。右手を突き上げ、気分は最高潮だ。

 が――


「なんだこりゃ……」


 モーターだった。

 小さな車のプラモデルに取り付けて走らせるやつだ。

 しかも『ハリケンサイクロン!』という見たことも聞いたこともない名前だ。完全無欠のまがい物である。


「あはははははははははははははっ!」

「ぷあっはははははははっ! ハ、ハリケンサイクロン!」

「てめえら……」


 傷口を抉る美琴とチェルシーの大爆笑。

 こめかみをピクつかせながら、超しかめ面で二人を睨む大和であった。

 やがて、少女二人はおなかを押さえてぜいぜいと息を整え、まじめな顔を作って大和の方へ向き直る。そこでチェルシーがぼそりと呟く、ハリケンサイクロンと。


「「あはははははははははははははははははははははッッ!!」」


 風船を割ったような爆笑は数分の間続いていた。


「よーし、美琴! お前もやってみろよ」

「え? い、いいわよ。どうせ当たりっこないし」

「ハリケンサイクロンだし」

「お前はだーっとれ!」


 コケにされまくった大和は美琴を標的に見据える。

 しかし慎重な彼女はなかなか乗ろうとしない。

 だから鼻で笑うように言ってやった。


「なーるほど、自身がねえんだなお嬢ちゃん。ま、しょうがねえか。ハン!」

「こんのぉ! や、やってやろうじゃないのよ!」


 キレた。

 お日さま色のイルカヘアーを跳ねさせ、がうがうと怒っている。


 神崎美琴は子供扱いされることを嫌う傾向にある。特に大和には。

 そのことを知っている彼にたやすく動かされ、美琴も千円を取り出した。

 怒りのマークをおでこに浮かべた美琴は、見てなさいよといった感じでお金をすべらせる。

 似たもの同士ですなーと、ぼそり呟くチェルシー。


「おー、さすが挑戦者だなー」

「ふん! こんなもんはね、深く考えたら負けなのよ!」


 意気揚揚に美琴は一番上の一番左のボタンを迷わず押した。

 ダゴオッ! というとてつもなく重そうな音が響き、思わず三人は目を見合わせた。


「ちょ、ちょっとちょっと! これって当たりなんじゃない!?」

「わたしのより重そうでしたよ」

「は、はん、どーだかな!」


 外れちまえ、どうせ鉄アレイとかいうオチだろ、と大和は邪悪な感情を抱いていた。

 取り出し口には大きな白い箱があり、いかにもという雰囲気を醸し出していた。美琴はそれを大事そうに抱えると、


「大和ー! これ重い! 重いわよっ!」

「……」

「これ当たりかなー!? ねえ、どう思う!?」


 ねっね!? といった様子で美琴はうれしそうに大和に箱を見せてくる。良心がいたたまれなくなった大和は、


「あ、開けてみりゃいいだろ……」


 と絞り出した。うん! という元気な声が返ってくる。


「チッ、ほら、かばんよこせ」

「うん、ありがと」


 そして美琴は丁寧に白い箱を開封していった。三人は心臓をどきどきさせながら箱の中に注目する――園芸用の黒土が五リットル分(およそ三キロ)袋に入っていた。


「…………」


 空気が止まった。

 そして、チェルシーの「ぷはっ」という吹き出した笑いを皮切りに、


「あっはっは! こりゃーたいしたもんじゃねーか! 野菜育ててみたらどーよ。いや、黒土つながりでいっそのこと甲子園でも目指したらどーだ! 坊主にしてよ、だっはっはっは!」


 大笑いした大和はわざわざ左手にかばんを二つ持ち、空いた右手で美琴の頭をぐりぐりと挑発するように撫でていた。彼が調子に乗って手を動かすたびに、つられて彼女の頭もぐらんぐらんと揺れていた。


 ハゲた巫女のできあがりだなあオイ! という完全に調子こいた一言。

 あ、というチェルシーの絶句と共に――

 ぷっちーんと、美琴の何かがキレた。

 瞬間、大和の顔面に三キロ分の重みがドゲシッ、と直撃した。


「な、なにすんだてめーっ!?」

「うるっさいのよあんたはぁ! なーにが坊主よ!」


 鼻を押さえて抗議する大和だが、それを蹴散らす美琴の絶叫。

 すでに避難していたチェルシーは、ふうやれやれと息をついていた。

 結局チェルシーの一人勝ちである。

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