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「なんなのよ……! あ、あたしはそんなの知らないッ!」


 十束とつかつるぎ

 拳十個分、つまりは一メートル超の刀身を誇る両刃の剣。

 大和の握るそれは細身で、しかし絶大な威武を迸発する漆黒の刃であった。


 名を天之尾羽張あめのおはばり


 妻である伊邪那美いざなみを焼き殺された伊邪那岐いざなぎが、激情のままに我が子迦具土かぐつちを斬り殺した宝剣そのもの。


「声が聞こえたんだ」

「はぁ……?」


 神話と同じくその剣で斬り倒されたシェイクの迦具土。

 その横で無警戒に佇立し、前置き無くそのような発言をする大和をシェイクは訝しんだ。


 けれど、彼女は動けない。

 八城大和の呼吸が、発する言葉が、総身から湧き出る神気が、存在するだけで暴風めいた壁となり、シェイクの行く手を阻んでいるからである。


 だが、この程度ならと彼女は己を鼓舞させる。

 確かに未知の力である。

 そして苛立ちを感じずにはいられないが、今の大和は天使化したシェイクを怯ませるほどの神力を放っているのもまた事実。迦具土がやられたことが何よりの証拠だろう。


「……ふん!」


 鼻息荒く、シェイクはそれがどうしたと斬り捨てた。

 ダンと地面を踏み付けて、埃のように瘴気を宙へと舞い上げる。


「そんな蜥蜴一匹斃したくらいでチョーシ乗ってんじゃないっつーの!」


 見開かれ、三白眼となったシェイクの双眸に孕まれる狂気の光。

 大仰に両手を交差させ、舞った瘴気を掻き集めて粘土のように集約させて。


 瞬間、爆ぜた。


 轟音と共に巨大な塊から幾本もの赤黒い線が奔る様相は、まるで地を這う柳花火だ。

 しかしそこに風情は無い。乾いた血のような毒々しさは使い手の狂気の色そのままだ。


 そしてそれらは餌を求め、貪欲なまでにただ一点を目指していく。

 対する大和は無言のままに、襲い来る赤黒い線を打ち払おうと構えていたが、


「――ッ」

「へー、勘が良いじゃん」


 咄嗟に黒紐の群れから離脱していた大和を、シェイクが嘲笑混じりに見据えていた。

 瘴気の紐がもたらしたのは、地面に無数の穴を開けていたことだ。同時にそれら破れ穴からジュウジュウと煙が立ち込めていた。


「……」


 大和の鼻を衝く煙の異臭。

 これは猛毒、そして高熱によるもの。


 蛆とは違い、蛇雷とも違う。黄泉に蔓延る毒気に、迦具土の炎熱をブレンドさせたシェイク独自の凶器である。

 鞭のように叩き付けても、縄のように縛り付けても、毒と熱によって致命的なダメージを敵手に与えることができる代物だ。


 だが、シェイクはそれらよりも非常に惨忍な手段を好む。

 ニイッと口端を持ち上げた彼女は嬉々としてトングサンダルを大地に鳴らした。


「ちっ!」

「一回躱したくらいで安心すんなっての!」


 咆哮に等しいシェイクの合図とほぼ同時、大和の足元から再び猛火の毒紐が地雷のように炸裂していた。

 ギリギリで回避に成功していた大和だが、流れ弾となった毒紐は黄泉の岩を豆腐のように貫通して溶かし腐らせていた。


「……!」

「にゃっはっはっは! あんたもすぐに同じ目に遭わせてやるわよ!」


 ふわっと羽毛のように跳躍し、焼け爛れた木の上にくるりと一回転してから降り立つシェイク。佇立したまま上着をまさぐり、そこから一本の横笛フルートを取り出してくるくると手で弄んだ。


「あたしって楽器が好きでさー、特にこーゆー管楽器が大好きなのよねー」


 そのままフルートを口に咥え、高域の澄んだ音色を黄泉の地獄に響かせる。

 すると――


「な――」


 灼熱の毒紐がグンと加速する。

 四方八方から大和を穿とうと、不規則な曲線を描いて殺到していく。


「そいつらは今までの蟲や蛇とはワケが違うわよ!」

「チッ……」


 シェイクの言葉通り、これら毒紐は瘴気や蛆や蛇雷のように、元々存在していた具象を手駒にしたものとは次元が違う。

 シェイク自身の神力を注ぎ込んで先鋭化させた、紛れもない必殺の武器なのだ。思わず舌打ちを漏らして回避を続ける大和の姿がその証だろう。


 どうにかバックステップで距離を取る大和に対し、無数の紐はそこかしこを貫きつつ追い縋る。

 その様子を眺め見て、フルートを離したシェイクがキャッキャと哄笑する。


「怖いー? 熱いー? ほらほら必死に逃げなさいよ! そいつらは実体が無いからどんな狭いとこにでも入り込むわよー? 耳の穴にでも突っ込んで脳みそ焼いてあげるのも楽しそうだけどさ、おまえはその穴をいっぱいいっぱい増やしてやるわ!」


 シェイクは嗤う。それはもう純真に。

 いかに相手を惨たらしく残酷に殺してやろうか考えるだけで、背筋をゾクゾクっと反応させ恍惚するのだ。


「あたしは管楽器が特に好きだって言ったわよねー? ってことはさ、おまえみたいな生意気なバカでも、全身穴っだらけになれば大好きになれるってことじゃん!」


 抉ってやるわ。穿ってやるわ。

 骨の髄まで焼いて腐らせ、悲鳴の音色を上げさせてやると、シェイクは嬌態晒して自身の体を抱きしめた。


「そしたらあんたにキスして息吹き込んで、身体中の穴ぽこからピューピュー間抜けな音を鳴らしてやるわ! にゃはっ! にゃはははははは!」

「……ハア」


 狂笑するシェイクを見据え、大和は我知らず嘆息を漏らす。

 そして、なんと彼はそのまま立ち止まってしまった。


「あはっ! あきらめちゃった!? じゃあさっさと死んじゃえ!」

「勘違いすんな」


 横目でシェイクを睥睨し、襲い来る毒紐に備えて振り返る大和。


「多分触りゃ痛えだろうし、かといってこのまま逃げ回っても埒が明かねえ」

「ウダウダうっさいのよバーカ死ね!」


 激情のままフルートの旋律を響かせたシェイクが数多の紐を加速させ、全方位から大和の元へと奔らせた。


「……ふうぅ」


 対するは大和。

 静かに呼気を吐きつつ足を肩幅程度に開いていた。

 そして、一度深く瞑目し――


「――ヅアアアァァッ!!」


 開眼鋭く咆哮引っ提げ、神威を迸発。

 なんと迫る毒紐を一つ残らず掻き消していた。


「……ま、こうすりゃ触ってダメージを受けることもねえ」

「…………ッ!?」


 カラン、と。フルートがシェイクの手から滑り落ちて甲高い音を響かせる。

 次いでパラパラと、焼け焦げた木の欠片が地面へと降り注いだ。

 震えていたのだ。ミニスカートから伸びたその華奢な脚が。


 一歩、木の枝の上で後退したシェイクがくちびるを戦慄かせた。


「じょ、じょ……ジョーダン……でしょ?」


 乞い縋るような、引き攣りきった何とも言えない笑みであった。

 殺意を磨いた神性なるシェイクの毒紐。

 それを、八城大和は気合いだけで粉砕した。

 右手に握った黒い刀を一度たりとも振るうことすらせずに。


 無言のまま射抜くように見据えてくる大和に、シェイクは我知らず小さな悲鳴を漏らした。


「ハッ……ァ……。なん……だっつーのよあんたは……!」


 イヤイヤをするように、首を振りつつ喘鳴するシェイク。

 大和はその問いに答えず、なおも木の上に立つシェイクに対して睥睨を決め込んだ。

 まるで取るに足らない子供にでもするように。

 だがその行為は、その視線は、自信に溢れた少女を狂乱させるに等しいものだった。


「うわああぁぁああッ! ちくしょう! ちくしょう! その眼! その舐めきった眼であたしを見るのをやめろー! 似てる! あんたウォルフに似てるわ! あたしの大っ嫌いなあいつにッ!!」

「ウォルフだぁ?」


 知らぬ人物の名に対し疑問を投げる大和であったが、しかし彼は周囲の異変を即座にキャッチする。


「これは……」


 絶叫するシェイクをよそに、黄泉の国が激変を遂げていた。

 涅色くりいろに染まった大地や空が、穢れを落としたようにかつての琥珀色を取り戻していったのだ。


「元に戻っていくのか? ……いや」


 違う。

 本能的にそう断じた大和が邪悪な気配を感じ取って即座に頭上を見やると、


「――!?」


 そこに、黄泉のあらゆる邪気が収束されていた。

 涅色にヘドロ色をぶち撒け、泡立つまで乱暴に掻き混ぜたような嫌悪を覚える外見。

 鳴動するように波立つそれが発する凶悪さは、神化した今の大和ですら瞠目するほどのものであった。


「ヒヒ……、イヒヒヒヒヒ……!」

「てめえ……」


 諸手を上げたシェイクが半狂乱しつつ、口の端を歪めて大和を射抜いて離さない。

 怖れ、怒り、妬み、そして意地。

 小さな少女は、その双眸に様々な感情をぜにして宿らせていた。

 大和に対する執着とも取れるそれは、天使としての矜持ゆえ。

 たかが人間なんかに負けるものかと、シェイクは愛らしい仮面を剥ぎ棄て、不恰好でもただ勝ちにいくことを選んだのだ。


 空に集まる不浄の塊は有機無機の関係無しに、互いを捏ね合わせて膨張している。

 瘴気、蛆、蛇雷から、木々や水や山に至るまで。

 そして、迦具土すらも。


 不穏な風とプラズマすら発生させる暗黒物質ダークマターは、今や直径五十メートルを優に超え、大和を蹂躙するようにその威武を放っていた。

 これは正真正銘、シェイク・キャンディハートの最後の切り札。


「よくもコレを使わせてくれたわね……? 恥だわ恥だわ、ぜったいぜったいに殺してやる……! 魂だって潰してやるわ。ずっとずーっと永久に無をトコトコ歩いてなさいよ。キヒヒヒヒヒ……ッ!」

「ああ、そうかよ」


 対する八城大和は見上げる暗黒を見据え、右手に握る天之尾羽張あめのおはばりを静かに構えた。

 つまり、受けて立つという意志表示。

 それを最大の侮辱と受け取ったシェイクが眦を決し、怒号と共に両の手を掲げて。


「どこまでもチョーシぶっこいちゃってさあ人間めぇ!!」


 そして、勢いよく両手を振り下ろしていた。


「死ねえぇぇええええッッ!!」


 ズルリと、球体が歪み、涙でも流すようにその実体を滑落させていく。

 それはまるで巨大な鉄槌だ。圧倒的なプレッシャーを放ちつつ、次元を引き裂き怨嗟と恐怖を引っ提げながら、標的やまとに向かって一直線に肉薄する。


 八城大和は動かない。

 ガシャリと、天之尾羽張を両手に持ち替えて迫るそれを迎え撃つ。


「オオアアァァアアアアッ!!」


 咆哮発し、堕落する黄泉の集合体を受け止めた大和。

 驚愕するシェイクをよそに、大和は尚も神威を爆発させていく。


 軋む腕、陥没する足元。十束とつかの剣は火花を発して暗黒物質と鍔迫り合いを演じるが、その黒く玉散る刀身は一縷いちるたりとも欠けはしない。

 それは決して負けないという意志の表れ。研ぎ澄まされた矜持の誉れ。


 つまり、天之尾羽張とは八城大和の魂そのものなのだ。


「お前……、さっき毎日千人は殺すって言ってたよな?」

「……ッ、ハァ……ッ?」


 汗ばんで喘鳴し、暗黒物質を操るシェイクを睥睨した大和が一言。


「――させねえよ」


 瞬間、眼光を裂き開いた大和の神力が跳ね上がる。

 拮抗していた攻防が崩れ、ギチギチと天之尾羽張が黒の大槌おおつちを歪な形にひしゃげさせ、


「――ルアアァァアアッ!」

「そん――な――!?」


 遂に大和の両腕が振り抜かれた。

 薙ぎ払うように、黄泉の集合体を真っ二つに引き裂き散らす天之尾羽張。

 かち割られたシェイクの大槌は、数瞬の間を置いてから蠢いて膨張し――爆ぜた。


「ァ……」


 爆散した塊は黄泉のあちこちに墜落して耳をつんざく音響おとと共に景観を破砕。及びそのうちの一本が茫然としたシェイクの頬を掠めていた。

 つつぅ……と。真っ赤な鮮血が汗と混じり、勢いよく垂れ落ちる。


「あ……あたしの……、あたしのとっておきが……」


 愕然としたシェイクに追い打ちを掛けるように、木に立つ彼女の足元の枝がへし折れる。宙に投げ出されたシェイクは受け身を取ることすらできず、強かに身体を打った。

 ペタンと、女の子座りのまま動けないシェイクが大和を見やれば、


「ひ――!?」


 脳裏に焼き付いた今しがたの光景に加え、大和が迸発させる絶大な覇気に中てられ、我知らず悲鳴を上げることしかできなかった。


「お前の言うとおり、俺はただの人間だよ」


 大和はシェイクを射抜きつつ、天之尾羽張を掲げて語りかける。


「この剣の持ち主が誰か分かるか? さっき迦具土に燃やされてたときに色々腹ん中で語り合ったぜ」


 かつて、日本国土を作った伊邪那岐いざなぎとその妻の伊邪那美いざなみ

 平穏に暮らしてはいたものの、伊邪那美は炎の子、迦具土かぐつちを産んだ際に大やけどを負ってしまい、そのまま黄泉国へと赴くことになってしまった。


 激昂した夫、伊邪那岐は迦具土を十束の剣とつかのつるぎで斬り殺し、妻の伊邪那美を死後の世界から連れ戻そうと黄泉国へと疾駆した。


 しかし、そこにいたのは変わり果てた妻、伊邪那美の成れの果て。

 それを見られた彼女は恥をかかされたと怒り狂い、伊邪那岐を追い詰めていく。が、伊邪那岐は超常的な力で黄泉国を疾走し、現世へとひた走り、最終的には莫大な岩で道を塞いで伊邪那美を押し留めた。


 そして――岩を挟んで向かい合う二人が遂に決別するとき、伊邪那美は夫だった男に怨嗟の念を込めて言い放った。


『許さない……あなたの、あなたの国の人間どもを、毎日千人殺してやる』

『……ならば私は毎日千五百の産屋を立て、子を産ませるのみだ』


 ゆえに、下界の人間が死滅することは決してない。どころか、必ず五百は増えるために繁栄が約束されたのだ。


「だから……なんだってのよ……。そんな出来事くらい、あたしだって知ってるわよ……」

「だろうな」


 そう、だからこそ――

 過去に迦具土を斬り殺した天之尾羽張がギラついた光を放っている。

 その剣を八城大和に与えた、彼に内在する主神が烈火の如く猛っている。


 この場は一体どこなのか。

 周囲を燃やし尽くした炎神とは誰なのか。

 そして、シェイクが面白半分に演じた国生みの女神とは誰のことなのか。


 つまり――


「お前はよ、ちっとばかし神を冒涜し過ぎてるんだよ」

「……ッ!?」


 そう、シェイク・キャンディハートの行為はどれもこれも伊邪那岐の逆鱗に触れる愚かなものとしか言いようがない。


 大切な人を失い、取り戻すために黄泉へと奔った大和は伊邪那岐のそれに類似する。

 ゆえに、伊邪那岐は八城大和に興味を抱いた。

 加えて、シェイクという堕天の幾度もの愚行。

 極限化における炎の中、二者は遂に共鳴するに至ったのだ。


「とは言っても、俺は所詮神なんかじゃねえ」


 業火に焼かれつつ、八城大和は自身に宿る神に問いを投げられた。


 ――お前は相手が人間を千人殺すといったら何と答える?


 神ならば、神話通りに千五百の子を産ませるという壮大な返答ができる。

 が、八城大和は神ではない。千どころか一人の命を作らせることだって困難である。


 では――どうする?

 命を創造させられないのなら――人間である大和はなんと答えるのが正しい?


『そりゃ……答えは一つしか無いだろうが……』


 拳を握りしめ、八城大和はまっすぐに自身に宿る神格存在――伊邪那岐に返答した。


『フン……、青臭い答えだ……』


 だが、嫌いではない。そうだ、他人を思いやって無茶を通せ。日本人の強さ、和の心を強く知らしめてやるがいい――と、神である伊邪那岐は薄く微笑んだのだ。

 その答え――大和の発したことは実に単純なものだったのだ。


「俺は殺させねえ! くっだらねえ戯言抜かすんならぶっ倒してでも止めてやらあ!」


 そう、だから力が欲しい。別に圧倒的でなくていい。それくらいは自分でどうにか踏ん張って底上げしてみせるから。無茶を通してみせるから。

 だから、もう誰も殺させないよう、敵と渡り合えるだけの強さが欲しいのだと。


 喝破し、証である天之尾羽張を構え、その切っ先をシェイクに向ける大和。


「十人だっけか? お前ら天使は。この先もこんなこと続けるんなら、俺が全員倒してやるよ」

「――――」


 その覚悟と威武に呑まれ――しかし寸前でどうにか踏み止まったシェイクが小さく肩を揺らし始める。


「ヒッ……ヒヒッ……。バッカじゃないの?」

「あん?」

「ぜ、全員倒す……ですって? ……身の程知らずだって言ってんのよ!」


 座り込んだままで滝のように汗を流し、けれど絶対な自身を持ってシェイクは言い放つ。


「確かにちょっとはマシになったみたいだけどね、そんな程度じゃあたしらには勝てないっつーの!」

「……」

「あんたじゃロゼ(第四)マッカム(第五)には勝てやしないわ。仮にどうにかしたとしても、その上の三人は更にずーっと強いのよ!」


 第一ケテル第二コクマー第三ビナー

 その三者を想像しただけで、シェイクは気が触れそうになってしまう。


「ついでに言えばね、第三ビナーが創った二十二体の天使だっているのよ」

「お前がさっき殺した奴らか?」

「そいつらは最下級のゴミよ! 最上位の零番アレフ一番ベートなんかはあたしよりも力は上だわ。ムカつくけどね、にゃはははは!」

「……っ」


 多少自棄になっているとはいえ、プライドの高い彼女が言うからには信憑性の高い話なのだろう。しかもそれは第三ビナーが創った天使なのだ。さすがに大和も眉を顰めた。


「ハン! 今さら後悔したって――」


 そのときであった。

 突如、黄泉の空から何か大きなボールサイズのものが飛来してきた。

 それはよくよく見れば、人の首のような……。


「……ッ!」

「な――!?」


 ゴドン! と、思いも掛けぬ飛来物を目にして驚愕する大和とシェイク。


「サ……サメフ……?」


 瞠目したシェイクがぽつりと呟く。

 それはやはり首であった。屈強そうな男性の、しかし顔半分がズタズタにされた血塗れの。

 しかも、今ほどシェイクが言っていた二十二の天使のうちの一人である。


「な……」


 なんなのよと、シェイクが続けるよりも早く、次なる飛来物が黄泉へと堕ちる。

 大きな音を立てたそれはやはり死体であった。


 数は二つ。一つは赤い髪をツインテールに結った少女のもの。

 もう一つは肉体こそ剛健だが、顔や身体つきから女性と判断できる。


 そのどちらもが、凄惨なまでに全身を引き裂かれていた。

 鮮血に染まり、歪に曲がった手足と胴体が、へし折られた枯れ木でも思わせる。

 濁った眼は血走って、虚空をむなしく見つめている。


「なんだっつーのよ……」


 しかめっ面で吐き捨てるシェイク。

 べつに彼らなどどうでも良いが、こんなズタズタでは操ることもままならない。


 いや、そもそもとしておかしいのだ。

 黄泉に堕ちたというのに死んでいるという状況は、この場で殺すか、現世で魂ごと引き千切るくらいのことをしなければありえない。

 そんな芸当をこなせる者などそうはいない。


 混乱するシェイクに追い打ちを掛けるが如く――


「な――!?」


 突然見舞われる雹のように、次々と死体が降ってきたのだ。

 その数は先の三人を合わせて実に十八。全てが第三の創った天使である。

 中には当然、


「――ッ――……!」


 シェイクが自身より強いと認めた零番アレフ一番ベートの姿も。

 戦慄する彼女が慌てて黄泉の空を仰ぎ見る。


「い……いったい……」


 ガタガタと身体が震え、その小さな口からも歯を鳴らす音が漏れ出ている。

 眉尻を下げ、目をこれ以上ないほどに見開きながらシェイクは叫んでいた。


「地上でいったい、何が起こってるっつーのよ!?」

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