第6話 逃げろ!
「逃げるわよ!」
先ほど車にひかれたはずのミセスブラウンはそう言うと、全速力で逃げ出した。その走りはデブのくせにとても速かった。私たち八人もこのままここにいたらやばいと思い、ミセスブラウンに付いて全速力で逃げ出した。
十分くらい走っただろうか? 先頭を走っていたミセスブラウンが急に立ち止まった。ミセスブラウンの後ろを走っていたサラリーマンは急に立ち止まったミセスブラウンにぶつかり、その後を走っていた女子高生がサラリーマンにぶつかり、その拍子にサラリーマンのカツラがズレ、その後を走っていた老人が女子高生にぶつかり、どさくさにまぎれ胸を揉み……とこんな風に私たち八人は玉突き事故を起こし、停止した。
「ここまでくれば、大丈夫よ。みんな、私を助けてくれてありがとう。ここ、私が住んでいるアパートなのよ。お礼をしたいから、みんな遠慮しないであがってちょうだい」
目の前には築五十年くらいの古びたアパートがあった。怪しい……怪しすぎる。私は心の中でそう思いながらも、ミセスブラウンに招かれるがまま、古びたアパートの二階にある部屋に足を踏み入れた。他の七人も暇なのか、誰一人断ることなくアパートに入った。アパートの中は予想通りゴミだらけで散らかっていた。部屋の間取りは六畳の居間が一つと四畳の寝室が二つ、あとあるのは台所と洗面台。トイレは共同で、お風呂は近くの銭湯を利用しているらしい。
「さあさあ、座って頂戴。今お茶いれるわね」
私達八人は狭い部屋の中央にある円卓を囲むように隙間なく、座った。
「どうぞ、まだ二回目のパックだからおいしいわよ」
ミセスブラウンが差し出したお茶はとても薄かった。ミセスブラウンはただでさえ狭い私とティッシュ配りの兄ちゃんの間に無理やり割り込み、座った。
「いやー、みんなほんとうにありがとね。もう少し遅かったら私絶対に餓死していたわ」
いやいや、あんたのお腹の霜降り肉があればあと一年はもつよ。
「何かお礼がしたいんだけど……あ、そういえばエミちゃん、あなた泊まるところ探していたのよね?」
急に私の方を向いて私の名前を呼ぶミセスブラウン。顔が近い。そして顔がでかい、鼻息荒い、怖い。
「よかったら、ここに泊まったら? そうよ! そうしなさい! 決定、エミちゃんはここに住みなさい。もちろん家賃はタダでいいわよ。感謝の気持ちだもの!」
この、ミセスブラウンにとって何気ない一言が、事態をものすごくややこしくすることとなった。