第2話 新潟
初めての新潟、駅の出口を探すのも一苦労だった。ようやく出口を見つけて新潟駅を飛び出す。
「ここが新潟かぁ」
感想、普通、以上。感動することも無ければ、ガッカリすることも無かった。都会、とはいえないけれど、それなりに都会っぽい景色。東京の様な大都会に憧れて背伸びをしている。そんな印象だった。
「とりあえず、どうしよう?」
まったくもってノープラン。新潟に何があるのかもよくわからん。当然新潟に知り合いなんていないし。行く当ても無い。とりあえず今日泊まる宿でも探すか。そんなことを考えながら私は人の波に逆らうことなく歩き始めた。時刻は午前八時。朝日がやけに眩しい。私は歩きながら色々と考えた。
小中高と、私はいわゆる『イケテナイ女子』だった。そんな私は案の定大学デビューに失敗し、(ついでに大学受験にも失敗して二浪した)齢二十にして、一度も異性と付き合うことのないまま、大学生活をスタートさせた。ちなみに大学は二浪した割にはたいしたことのない化学系の一戸大学に進学した。その一戸大学で行われた科学の実験で、私は彼に出会った。
私が最初に彼に抱いた印象は『無愛想』だった。顔はまあまあで、スタイルは良かった。服のセンスはかなりよく、私の知る限り同じ服を着ているところを見たことはない。その無愛想な面からは冷静さを感じ取ることができ、目には影があった。基本一匹狼であり、常に『めんどくさいオーラ』をその身にまとっていた。授業中にチラッと見るとたいてい寝ていた。そのくせ、一度会話をすると非常にフランクで、面白く、一端のギャルのようにキャピキャピと話をする。一言で言うと『魅力的』、そんな言葉がよく似合う男だった。
「ティッシュどうぞ」
ティッシュ配りの兄ちゃんからティッシュを受け取る。チラッと見たティッシュ配りの兄ちゃんの顔が彼の顔に見えた。最近いつもそう、全然、これっぽっちも、一ミリも、まったく似ていないのに、道行く背格好の似た男性すべてが彼に見えてしまう。
「こんなところに彼がいるはずは無い。でも、もしかしたら……」と胸をときめかし、もう一度しっかりと見て彼じゃないことを確信すると「やっぱりかぁ……」と落胆する。これの繰り返し。
「ハァー」
鉛の様に重いため息を吐く。昔よく、母が「ため息をつくと妖精さんが死んじゃうから、ため息はだめよ」と言っていたのを思い出す。きっとこのため息で百匹の妖精は殺せると思う。それほどへビィーなため息をうごめく群集の隙間に撒き散らす。このため息を吸ったものは皆、恋がうまくいかなくなるだろう。ざまぁーみろ! コンチクショウ!
「カランコロンカラン!」
私は道端に転がっていた空き缶を力いっぱい蹴っ飛ばした。
「コロコロ……」
二、三回バウンドした後、空き缶は静かに転がりながらビルとビルの間の薄暗い隙間に吸い込まれていった。私はなんだか悪いことをしたと思い、空き缶を回収しようと、ビルとビルの間の隙間を覗き込んだ。
「いらっしゃい」
そこには、変なおばさんが挟まっていた。
「失礼しました」
私はそう言うとすぐに方向転換をして、その場を去ろうとした。直感でこの人と関わってはいけないと思った。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」
変なおばさんが必至で私を呼びとめようとした。私は耳を塞ぎ、走り出す準備をした。
「怪しい者じゃないわよ! た、助けて欲しいだけなのよぉ!ほら、ここ狭いでしょ? 挟まって出られなくなっちゃったのよ!」
嘘付け! さっきお前「いらっしゃい」って言っていただろうがぁ! と心の中で私は叫びつつ、「でも、もし本当に挟まって出られないのだとしたら、それはかわいそうだ」と思ってしまった。一~二分その場で立ち止まり考えた後、私は一度深いため息をつき、おばさんを助けることを決心した。
「大丈夫ですか?」
今思うと、これが私の悲劇の始まりだった。『旅の恥は書き捨て』という言葉がある。まぁ、旅先で多少の不祥事を起こしても、その日限りのことであり、人生という長いスパンで考えると対して影響はないので、旅先では大胆に行動し、思いっきり恥をかきなさい、そっちの方が後々良い思い出にもなるし……という意味であると私は解釈している言葉だ。あのときの私は「旅の恥は書き捨てだし」と考え、明らかに怪しいおばさんとの係わり合いをもとうと思ってしまった。