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出陣の朝


西園寺家、三男・学が帰ってきたのは、その日の夕食時だった。


やけに広い食堂で(食堂って時点でもう笑う)、前菜が運ばれてくる直前のことである(シェフが作るとかナメてんのか)。



両開きのでっかい扉が開いて、「ただいまあ」と呑気な声でご登場、西園寺学さいおんじ まなぶ

食卓についているアタシたちを見て、学は、

「あれ、今日からだっけ?」

と、笑顔になった。



「学、おかえり」


長男と次男の声が重なる。


「休みの日まで部活なんて大変だったな」

とか、

「遅くなるんなら迎えに行ってやったのに」

とか、早くもブラザーコンプレックス全開だ。


それに笑いながら対応する学に、長女・牡丹がかしこまって言った。


「学さん、おかえりなさい。これからよろしくね」


次女・桜もそれに続く。

アタシ、三女・椿としてはどうしたらいいのか分からなくて、ただぼんやりと学を見ていた。すると学は顔をほころばせて、アタシのところまで駆けて来る。


「椿ちゃん!」


その可愛らしい笑顔と投げかけられたアタシの呼び名に、ひどく癒されてしまった。

ああ、この性悪どもの巣窟で、なんて愛らしい三男・学!


「学、久しぶりー」

アタシも笑顔になって、座ったまま学とハイタッチをした。パアンと小気味いい音が響いて、この家も悪くない、と一息ついたその瞬間。


「椿ちゃん、ぼくと同じ学校なんだよね?」


その学の問いかけに、アタシは瞬時にフリーズした。


放心状態で食卓に着いた面々を見やると、彼らは笑いながらアタシを見ている。



「編入手続きはとっておいた。制服は来週には届くから、それまで我慢しろ」

と、西園寺家長男・傑。


「頭の程度が追いつかないなんて泣き言、言うんじゃねえぞ?」

と、西園寺家次男・護。


「良かったわねえ、椿。学さんと同じところなら安心ね」

と、東谷家長女・牡丹。


「良家の人たちばかりが集まる名門校ですって。羨ましいわ、椿」

と、東谷家次女・桜。



無神経な従兄妹の兄たちと、のんびりすぎるふたりの姉に、アタシは思わず絶叫していた。


「だって、高校せっかく受かったんだよ?! アタシの努力はどうなんの?!」


西園寺家の長男、次男は、またもやアタシを奈落のどん底に突き落とす。


「水の泡」


その一言を、あの受験戦争を勝ち抜いた兵士に投げかけるなんて。



翌朝、アタシはくさくさした気分のまま登校した。

・・・・・・運転手つきの、ロールスロイスで。


「ヤクザの娘じゃあるまいし、黒塗りのロールスロイスなんて冗談じゃない」


なんて文句を言ってみたけれど、本当に言いたいのはそんなことじゃなかった。


本当に、アレは戦争だったのだ、と、アタシは受験時代を思い出す。

普通の公立中学で、女友達と恋バナしたり、男友達と馬鹿な悪戯したりしながら、アタシたちは必死になって勉強していた。

くる日もくる日も、放課後遊びたいのを我慢して、面接練習なんかやっていた。


うちはもう、笑い飛ばすしかないくらいの極貧っぷりだったから、電気代をケチって図書館に通い詰めてまで勉強した。

迎えた試験はベストの状態とはいえなかったけれど、そしてやってきた合否発表。


受験票を握り締めて、自分の番号を発見した時の、あの高揚、あの達成感。


それが全部、海の藻屑と消えるだなんて! こんな理不尽が許される?


そう思って見上げた名門私立の校舎は、教会かと見紛うばかりにきらびやかだった。




「だってここ、理事長がカトリックなんだ。朝礼で聖書読むんだよ」


学はそう言ってアタシに古びた聖書を手渡した。


「それ、傑兄ちゃんのお古だけど、椿ちゃんのが届くまで使って。教科書は間に合ったんだけど、傑兄ちゃん聖書がいるってことすっかり忘れてて、それだけまだ届いてないんだよ」


「つまりここは、傑兄ちゃんの母校なわけね?」


アタシが訊くと、学はにっこり笑って頷いた。


ああ、もうこれで、逃げ場はないのだ。

アタシは聖書を見つめて観念した。長男・傑の母校なら、奴の息がかかっていると考えて間違いはないだろう。


こうなりゃもう、乗りかかった船。毒を食らわば皿まで。


東谷椿、十六歳。良家の坊ちゃん、嬢ちゃんたちと、大親友になってやる!

さあ出陣、いざ鎌倉。


温室育ちのボンボンども、首を洗って待っていやがれ!

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