君を守ると誓います
その話を次女・桜から聞いた時、アタシ、三女・椿は、我が姉ながらなんと損な性分なのかと呆れてしまった。
東谷家の母を震撼させた傑兄ちゃんの告白劇から数日後、アタシと学は護兄ちゃんに言われて、彼の部屋を訪れていた。
母と伯母はまた世界一周お昼寝バカンスとやらに繰り出して、晴れて親族も認める婚約者同士となった長男長女は、今頃ふたりでディナーを楽しんでいるはずである。
「護くんと、結婚しないことにしたの」
と、次女・桜はそう言った。
「したかったけれど、無理でしょう?」
どうして無理なのだ、と、アタシと学はふたり同時に抗議した。
「傍系血族なら、四親等からは結婚したっていいはずじゃん! まだ大丈夫なんじゃないの?」
「じゃあ、ふたりは別れるの? そんなことで諦めちゃうの?」
揃って声を荒げる末っ子たちに、護兄ちゃんは「まず落ち着けよ」なんて溜め息をついた。
「ふたりで話し合って決めたことなの」
桜姉ちゃんはゆったりした口調で説明する。
「法律上は、結婚できると思うわ。多分。でも、傑お兄ちゃんと牡丹お姉ちゃんが従兄妹の壁を越えて結婚して、それで、私と護くんまで結婚したら、どうなると思う?」
どうなるかなんて、分からなかった。分かっているのは、なんだかその選択に納得できないということだけだ。黙っていると、桜姉ちゃんはなおも続けた。
「きっと悪い噂が立つわ。根も葉もないこと言われるわ。西園寺の名前にも傷が付くと思う。私ね、そんなの嫌なのよ。私のことで、護くんに余計な負担かけたくないの」
「だったら一体どうすんの? ふたりで愛の逃避行でもするつもり?」
尋ねたアタシに、次女は「まさか」と少し笑った。
「そんなことしないわ。護くんに、家をすてさせたりなんてしない」
「だったら・・・・・・」
アタシが言いかけると、それまで黙っていた護兄ちゃんが、小さく息を吐き出した。「桜を」と、彼は言う。
「俺の内縁の妻にする」
「内縁って・・・・・・」同時に発したアタシと学の呟きには、憤怒の色がこもっていたんだと思う。桜姉ちゃんは幾分か慌てた様子で、「ふたりとも、お願いだからおしまいまで聞いて」と懇願した。
「婚約届けは提出しない。書類上は従兄妹のまま、夫婦になるって決めたんだ」
どうしてそんなことすんの!?
そう叫びだしたい衝動に駆られた。そして、実際にそうしたのは、アタシではなく学だった。
「護兄ちゃんは、それでいいの? 桜ちゃんが本当の奥さんにならなくっても平気なの?」
「そうだな」
そう呟いた護兄ちゃんの目はほんの少し赤くって、彼が悩んで悩んで出した答えなのだと思い知った。
「平気かって言われると、平気じゃねえよ。でも、桜はそれでいいって言ってくれたんだ。俺はそれで、十分だと思ってる」
「法律上は夫婦じゃないけど」
桜姉ちゃんが口を開いた。
「私、護くんと一緒にいられるなら幸せよ。護くんがずっと傍にいてくれるなら、私、西園寺の名前なんて、なくてもいい」
そんなのおかしい、と憤るアタシに苦笑して、護兄ちゃんは大きな手の平をアタシの頭にぽんと乗せた。
「椿、そんな顔すんな。婚姻届なんて、あんな紙っぺら一枚に保証してもらわなきゃならねえような、やわな気持ちじゃねえんだよ」
黙り込んだままのアタシに、護兄ちゃんは困っているようだった。アタシの頭に置いた手を左右に動かしてぐしゃぐしゃする。
「あんな紙切れなくたって、俺が桜を守るから」
だから、な? 安心しろよ、なんて笑顔で言われて、アタシのほうこそ困惑した。傍らでは桜姉ちゃんが、学に語りかけている。
「学くんの大切なお兄ちゃんを、不幸なんかには絶対しないわ。護くんのことが好きって気持ちを、神様に誓えなくたって構わない。だから今、学くんに約束する。私、護くんのことを、一生好きなままでいます」
この真ん中っこたちは、真剣なのだ。そう思った。
きっとふたりで何十時間と話し合って、きっとふたりで悩みぬいて、泣いた夜もあったに違いない。
もう何もいえない、と、思った。
何を言ってもふたりは頑として首を縦には振らないだろう。ふたりの決意を変えられるほどの決意が、アタシにも学にもあるとは思えなかった。
「分かった」
そう呟くと、護兄ちゃんは傑兄ちゃんに、桜姉ちゃんは牡丹姉ちゃんに、絶対に秘密にしてくれと懇願した。
「兄貴のことだから、俺たちがそんなこと考えてるって知ったら、無駄に悩むに決まってる」
「牡丹お姉ちゃんのことだもの。結婚話を白紙に戻すわ」
揃ってそんなことを言うこの恋人たちに、アタシと学は、ただ頷くことしかできなかった。
ありがとう、なんてふたりに言われて、アタシたちはなんだか変な気持ちになった。どうしてそこまで気を使うのか。愛し愛されているくせに。好きだと言える関係のくせに。
なんて、贅沢な。
そう思ったのは否定できない。
そして、そんなことを考えてしまう自分に嫌悪を覚えた。隣の学が同じように感じているのにも気がついていた。
アタシたちの恋愛は、結婚なんて夢の夢。思いを吐露することも、出来やしない。
そんなことをひしひしと痛感した。
これがアタシ、東谷椿十六歳の、秋のお話。