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あの日のナイトブランカー

作者: こぐま
掲載日:2026/03/11

「小説家になろうラジオ」の「開け!創作の扉!」にて「書いてみたら?」を頂けたため、調子に乗って書いてみました(笑)

満点の星空の下、庭に設置された小さなブランコに、ユウタはそっと腰を下ろした。

踵を踏んだ右足の靴が今にも脱げ落ちそうになるのを、絶妙なバランスで保ちながら、ブランコを漕いで勢いをつける。


「……いまだっ」


ミッドソールにキラキラと光る電飾が散りばめられたスニーカーを、ユウタはぽーんと空中へ蹴り上げた。幼いユウタの脚力では、ほんの少ししか飛ばない。

それでも、夜の闇に瞬いた光は流れ星のように見え、思わず息をのむ。もし本当の流れ星だったら、どんなお願いをしようかな。

そんなことを考えるだけで、少しだけ胸がわくわくした。


生まれつき皮膚が弱く、紫外線を浴びることが制限されているユウタにとって、夜は特別な時間だった。

昼間は遮光カーテン越しに外を眺めるだけの毎日でも、夜になれば、こうして外に出て遊ぶことができるのだ。


こんな夜に一緒に遊んでくれる友だちはいない。

けれど、キッチンの小窓から母が声をかけてくれたり、鼻をくんくんさせて

「今日はカレーだ」

「お魚焼いてる匂いがする」

と夕飯の献立を当てるゲームをしたり、光るおもちゃで遊んだりしていたが、中でもこの「靴飛ばし」は、ユウタのお気に入りだった。

夜空に一瞬だけ現れて、すぐに消えてしまう光は自分だけしか知らない特別な流れ星のように感じた。



「その靴、キレイだね」


飛ばした靴を拾おうとした瞬間、どこかから声が聞こえて、ユウタは驚いて顔を上げた。

すると見知らぬ小さな男の子が、庭の端から静かにこちらを見ていた。透き通るような澄んだ青い瞳と、夜の光にわずかに光る金色の髪。

まるで絵本の中で見た外国の少年にそっくりに見えた。


「でしょ?空に飛ばすと、流れ星みたいなんだ」


ユウタは少し恥ずかしそうに光る靴を見せながら答えた。


「僕もやってみたいなぁ」


「いいよ!一緒にやろう!」


ユウタは少年を庭の中へと招きいれると、ブランコに座らせてその小さな足に自分の靴を履かせた。


「ブランコがこっちにきたら靴を飛ばすんだよ」


ちょっとお兄ちゃんになった気分で、ユウタは得意げに説明する。

少年は目を輝かせて、静かに頷いた。


「いくよ、せーの」


ユウタが背中をそっと押すと、小さな背中を揺らしながらブランコは勢いを増す。

そして少年の足から靴が飛び出し、夜空に一瞬の光を描いた。その靴の光はユウタのときよりも少し高く、遠くまで伸びた。


「わあ、すごい!」


ユウタが驚くと、少年は不思議そうに首をかしげた。


「そうかな?」


二人は思わず顔を見合わせて笑う。


「ながれぼしみたいだった!」


少年が嬉しそうに叫ぶと、ユウタも楽しそうに空を見上げる。


「うん。小さな流れ星だね」


靴を拾いに行きながら、ユウタはふと思い出したように振り返った。


「そういえば、きみの名前は?」


少年は夜空を見上げてから、にこっと笑った。


「カイ」


「カイ?」


「うん、カイ」


ユウタも負けじと胸を張る。


「ぼくはユウタ!」


カイはその名前を確かめるように、ゆっくり言った。


「ユウタ」


それだけなのに、なぜだかユウタは少しくすぐったい気持ちになって笑った。


「ねえユウタ、もう一回流れ星つくろうよ」


「うん!」


二人はまたブランコに乗って、夜空に何度も何度も小さな流れ星を飛ばした。


何度目かわからない流れ星が空に消えたあと、カイがふと首をかしげて訊いた。


「ねえ、どうしてユウタはこんな夜に遊んでるの?」


ユウタは少し困ったような表情を浮かべて、靴を拾う手を止めた。


「えっと……ぼくね、病気で昼間は外で遊べないんだ」


そう言うと、ゆっくりと袖を捲り上げ、自分の腕をカイに見せる。赤くなって乾いた皮膚が、ところどころめくれていた。ユウタは下唇を噛んでカイの言葉を待つ。


「そうなんだ。だから夜に一緒に遊べるんだね」


その言葉にユウタは思わず目をパチパチさせた。


「……カイは僕の手を見ても気持ち悪いって言わないの?」


「なんで気持ち悪いの?だって、ユウタは友達でしょ」


その言葉を聞いた瞬間、ユウタの胸の奥で、なにかが小さく音を立てた。

それが何なのか、うまく言葉にできなかったけれど、ずっと胸の中に溜まっていた息が、すうっと外に抜けていくような気がした。


「一緒に遊ぶと、うつっちゃう」

「かわいそうだね」

周りからそんな言葉を言われるたび、ユウタは袖をぎゅっと引っぱって、腕を隠した。夏でも長袖を着ていたのは、そのせいだ。


でも今は違う。

夜の庭の一角で、カイは何でもないことのように笑っている。


「ねえ、また明日も来る?」


ユウタの問いにカイは夜空を見上げてから、ゆっくりと頷いた。


「うん。流れ星、まだ足りないから。もっと、もーっと流れ星つくろうよ」


その言葉に、ユウタは大きく頷いた。



翌日、空はどんよりと曇り、朝から冷たい雨が降っていた。

雨脚は次第に強くなり、庭の土を濡らして、ブランコの座面にも水たまりを作る。


ユウタは部屋の窓辺に座り、カーテンを少しだけ開けて外を見ていた。


窓のそばには、昨日カイと遊んだ光るスニーカーが、きちんと並べて置いてある。

雨が止んで、もしカイの姿が見えたら、すぐに庭へ飛び出せるように。


ユウタは何度も庭を見ては、また靴の方へ目を向けた。


「カイは来るかな?」


ぽつりとつぶやいた声は、窓ガラスに当たる雨音に溶けていく。

暗い庭に目を凝らしても、カイの金色の髪も、澄んだ青い瞳も見えない。


「……雨、だもんね」


そうつぶやいて靴を玄関に戻すと、もう一度、庭を見つめた。遠くの空で一瞬だけ雲が光ったような気がした。


ーーーー


翌日は、昨日の雨が嘘のように雲一つない夜だった。

濡れた土の匂いがまだ少しだけ残っているものの、ユウタは光る靴を履いて庭へと飛び出した。


「……カイ?」


その声に応えるように、庭の端から、ひょっこりとあの少年が現れた。

夜の光を映した青い瞳と、乾いた風に揺れる金色の髪。足元はユウタと同じ、光るスニーカー。


「ユウタ見て!僕も同じ靴買ってもらったんだ!」


「ホントだ!」


ユウタは嬉しそうに笑うとカイの手を取った。


「昨日は雨だったから、一緒にブランコできなかったね。ずっと晴れならいいのにね」


カイはしばらく空を見上げてから、ゆっくりと頷いた。


「ユウタは雨嫌い?」


「うん。だって雨だと一緒に遊べないから。晴れたら毎日一緒に遊べるんだよ」


「じゃあ僕も雨は嫌い」


「ずーっと晴れればいいよね」


そう言いながら2人は交互にブランコを漕ぎ、小さな流れ星を描く。


「明日も晴れますようにー」


「雨は、いりませーん」


笑い声を響かせながら、ユウタは流れ星に願いを託す。

この流れ星に願えば、きっと明日も晴れる。

ユウタにはそんな気がして何度も何度も靴を飛ばした。


ーーーー


あの日、ユウタが流れ星に願ってからというもの、空はずっと晴れていた。


次の日の夜も。

その次の夜も。


雲ひとつない夜空が何日も続いた。

ユウタは夜になると、光るスニーカーを履いて嬉しそうに庭へ飛び出す。


「カイ!」


小さく呼ぶと、いつものようにカイが、ひょっこりと顔を出す。


「おそいよ、ユウタ!」


どちらからともなく手を取り毎晩のように交互にブランコに乗り、靴を飛ばして小さな流れ星を描く。


星は、いつもよく見えた。


一週間。

二週間。


やがて、一ヶ月。


夜空は、ずっと綺麗に澄んだままだった。


そんなある日、カイはふと、ユウタの手の甲に目を留めた。

「ユウタ…手、血出てるよ?」


ユウタは手をさっと隠し苦笑いを浮かべる。


「うん…最近、雨が降らないから、カサカサしちゃうんだって。痒くてつい掻いちゃうの」


乾いた皮膚が赤くなり、ところどころ血が滲んでいる頬や手。それでもユウタはブランコを漕ぐ足を止めなかった。


「明日も晴れますように。カイと一緒に遊べますように」


いつものように、ぽーんと靴を空に向かって蹴り上げる。小さな光が夜空に弧を描き、まるで二人だけの流れ星のように輝いた。


「次はカイの番だよ」


ユウタは自分の靴を拾いあげると、今度はカイがブランコに座り、きい、きい、と音をたてながらブランコを漕ぐ。

最初は小さく揺れていたブランコが、だんだんと大きく弧を描き始めた。


ーー雨が降らないから。


その言葉が、頭の中で何度も響く。


毎日、毎日。


ユウタと遊びたくて。


ブランコをしたくて。


靴を空に飛ばして、流れ星を作って笑いたくて。


だからカイは、空にお願いしていた。


明日も晴れますように。


ふと横を見れば、ユウタの赤くなった手や頬が目に入る。

掻きむしった跡。

ところどころに滲んだ血。


カイの胸が、ぎゅっと締めつけられた。


ブランコの勢いが少しずつ大きくなり、さらに高く上がる。

夜空が、ぐっと近づき、カイの金色の髪が月明かりの下でキラキラと輝いた。それはまるで星の光をまとっているみたいに。ブランコが一番高く持ち上がった瞬間、カイは思いきり靴を蹴り飛ばす。


光るスニーカーが、夜空へと飛んでいく。


くるくると回りながら、遠く、遠くへ。


声が少し震える。


それでも、はっきりと言った。


「おねがい」


カイは両手をぎゅっと握り、叫んだ。


「ユウタの体が痛くなくなりますように…!ユウタが、ずっとずっと元気でいられますように……!」


ぽすん、と靴が地面に落ちる。


「すごい、すごい!カイ、今までで1番遠くまで飛んだよ!」


ユウタは目を輝かせて走り出し、落ちた靴を拾い上げる。

そして嬉しそうにカイの足元にしゃがみこみ、再び靴を履かせた。


そのときだった。


ふいに、空の向こうで小さな光がきらりと瞬いた。


流れ星だった。


ユウタは思わず声をあげる。


「カイ!見て!本当の流れ星だよ!」


ユウタに続いてカイも空を見上げる。


長い光の尾を引きながら、星は静かに消えていった。


「僕、本当の流れ星初めて見た!」


興奮するユウタの横で、カイは少しだけ笑った。

その笑顔は流れ星の光のように綺麗に。


流れ星の光が消えた夜空を二人は手を繋いだまましばらく見上げていた。


夜風が、ブランコを小さく揺らす。


きい……きい……


空にはさっきまでなかった雲が、ゆっくりと広がりはじめていた。


「雨、降りそう…」


ユウタが言う。


カイは空を見上げたまま、小さく笑った。


「……降るかもしれないね」


月はとっくに厚い雲の中へと隠れてしまっているのに、カイの金色の髪は月明かりを浴びたように光っていた。


ユウタは首をかしげる。


「カイってさ」


「うん?」


「お星様みたいだね」


ユウタは笑った。


カイは少し驚いた顔をして、それから静かに笑う。そしてポケットに手を入れ、何かを取り出した。


「ユウタ」


「なあに?」


カイはユウタの手をそっと取ると、その手のひらの上に小さなかけらをのせた。


夜でもわかるくらい、それは眩くきらりと輝いた。


「わあ……」


ユウタは目を丸くする。


それは丸い形をしていて、角度を変えるたびに赤や青や金色の光がゆらゆらと浮かんだ。

まるで、小さな虹が閉じこめられているみたいに。


「きれい……」


ユウタはそれをそっと撫でる。


「これ、なに?」


カイは少しだけ空を見上げ、それから笑った。


「おまもり」


「おまもり?」


「うん。ユウタの」


ユウタはもう一度そのかけらを見つめる。


キラキラ光って、とてもきれいだった。


理由はわからないけれど、大事なものの気がした。


「ありがとう、カイ!」


ユウタは嬉しそうにそれを握りしめる。


そして、いつものように言った。


「明日も一緒に遊ぼうね」


その言葉を聞いたとき、カイは一瞬だけユウタの顔を見つめた。


――ユウタが、明日も笑っていますように。


そんな願いを胸の奥でそっと抱きながら、カイはにっこり笑った。



次の日の朝、空には厚い雲が広がっていた。


ぽつん。


ぽつん。


やがて、雨が降り始め、夜になっても、雨はやまなかった。


次の日も、そのまた次の日も。


庭のブランコは、濡れて動かないままだった。


「雨、やだなー」


光る靴を窓際に置いたままユウタは残念そうに何回も呟いた。



三日間降り続いた雨が上がった日。


久しぶりに空には星が出ていた。


ブランコはまだ少し濡れていたけれど、ユウタはそこに、そっと座った。


きい……きい……


ブランコが揺れる音が庭に響く。


「カイ、遅いなあ」


ポケットに手を入れる。


指先に、小さなかけらが触れた。


あの日、カイがくれたもの。


手のひらにのせると、月の光を受けて七色にきらりと光った。


ユウタはそれをじっと見つめる。


「かゆいの、治ったんだよって教えたいのになぁ」


ユウタはブランコを漕ぎながら、靴を空へ蹴り上げた。


ぽーん。


あの日のように光る靴が夜空に弧を描く。


小さな流れ星


それが自分の願いを叶えてくれると信じていたから。


そして、夜空に向かって言った。


「カイと、また一緒に遊べますように」


靴はくるくる回って、やがて地面に落ちた。


夜空には、満点の星が静かに瞬いていた。



ーーーー


それから、長い時間が過ぎた。


ユウタは大人になった。


結婚して、子どもも生まれた。


久しぶりに実家に帰ったユウタは春のやわらかな陽射しに包まれ、息子を抱いて庭に出た。


子供の頃は紫外線を浴びることで命を落とす可能性すらあったユウタが、今は全身で春を感じている。


「パパ、ブランコ!」


息子がうれしそうに指をさした。


庭の隅には、あのブランコがまだ残っていた。


少し古くなっていたけれど、何一つ変わらないまま。


ユウタは息子を膝にのせて、ブランコにそっと腰を下ろした。


きい……きい……


懐かしい音がする。


ゆっくりと揺れるブランコの上で、ユウタはポケットに手を入れた。


小さなかけらが指先に触れる。


それを取り出して、手のひらにのせた。


七色にきらめく、小さな丸いもの。


子どものころは、それが何なのかわからなかった。


ただ、大事なもののような気がして、ずっと持っていた。


でも今ならわかる。


これは、うろこだ。


魚のものとも違う、きらきらと光る不思議なうろこ。


ユウタはそれをしばらく見つめていた。



「ごはんできたよー」


キッチンから、妻が二人を呼んでいる。


ユウタはふっと笑った。


「ママが呼んでる」


そして、膝の上の息子を抱き上げる。


「行こうか、カイト」


ブランコを降りて、家の方へ歩き出す。


青く澄んだ空に、長い雲がゆっくり流れている。


それはまるで龍みたいな形だった。

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