八百屋の看板息子が気になるの!
ふんわり設定です。
温かい目で読んで下さると嬉しいです。
「あれ…。美少年がいる…。何があったんだっけ?」
私は突き飛ばされて、一瞬だけ気絶していたらしい。
片田舎の小さな街に生まれた私は、近所では男勝りな少女として有名で、よく近所の男の子達を引き連れて遊んでいた。
母譲りのくすんだ金髪に珍しい色の菫色の瞳。
黙っていれば可愛いのに…とよく言われていたものだ。
「えーっと…。ごめんごめん、なんか一瞬記憶が飛んじゃってたみたい」
幼馴染みの男の子と喧嘩して頭を打ったみたい。
その時に、少しだけ記憶が飛んで、周りの人物についてあやふやになってしまったみたいだ。
だが、もう大丈夫そうだ。
さっきまでの喧嘩相手で八百屋の息子のファールが手を差し伸べている。
「…悪かったよ。怪我はないか?」
私が後ろに押されて倒れ込み、頭を打ったのが流石に気まずかったのか。珍しく目を合わせない。
ありふれた茶髪に、少しだけ明るい、黄色がかった茶色い瞳。やんちゃそうな見た目の彼は所謂幼馴染みである。
私はアイリス。うん、大丈夫そう。
記憶喪失なんてもの、中々無いわよね。
ファールとは生まれた時からの付き合いで、母親同士が仲が良かったので、よく2人で遊ばされていた。
勿論母親たちがお茶をする間、邪魔だったからだ。
――それはさておき。
さっきの私たちの喧嘩の原因、その人物も心配そうに私を見ている。
「アクセルは怪我はない?」
ちなみに、さっきの私の美少年発言はこの子に対してである。
最近近所に引っ越してきた男の子、アクセル。
平民には珍しい銀髪で色素の薄い水色の瞳。こんな容姿なので、近所の女の子は大興奮だった。
そして、それは今も続いている。
アクセルが何故か私に懐いてしまい、後ろをついて回るから女の子からは顰蹙を買う羽目になった。
昔からの幼馴染たちもチヤホヤされているアクセルが気に食わないらしい。
その筆頭がファールだった。アクセルを庇う私も気に入らないのか、最近はいつも喧嘩になる。
子どもの世界も色々あって面倒だ。
でもその中でも、女の子の嫉妬が一番面倒で疲れるのだ。
◇◇◇
それから10年経った。
今の私は二十歳になり、昔の悪名も鳴りを潜めている。
「おい、アイリス。仕事帰りにうちに寄っていけよ。母さんが、余った野菜を持ってけってさ」
「了解了解。うちのママも喜ぶわ~。何か手土産用意しなきゃなぁ」
相変わらず、ファールとの交流は続いている。
街を出ていった友達も少なからず居る中で、有り難い幼馴染みである。
早朝の少し賑わっている時間帯。ファールと話しながら歩いていると、アクセルに声をかけられた。
「アイリス久し振り!今日のお昼休憩、時間が合うかな?この前、美味しい所を見つけたんだ。一緒にランチなんてどう?」
(本当にこの2人は変わらないな)
アクセルは、ファールに挨拶も無い。そしてファールは舌打ちしたでしょ、今。
――仕方ない。
「ん。昼休憩は12時からだよ。職場の出入り口で待ち合わせよっか」
「うん、そうしよう。あ、今度また君の家に行っていいか聞いておいて!」
「あー…、ママに聞いておくね〜」
いつもの事だけどファールのその顔。怖いって。
アクセルと顔を合わせると未だにこれだ。仲直りしてもいいと思うけどね。お節介になるから言わないけれど。
そして昼休憩、せっかくのお誘いだったので、アクセルお勧めのお店に行ってみた。
「うん、美味しい!これはリピート決定かも」
「良かった。アイリスと来たかったんだよね。また来ようよ。今度は違うメニューを試したいし」
私達が食事をしているテーブル、その周りの女の子達がチラチラとこちらを見ながら声を潜めて会話している。
またあれだろうな。不釣り合いだとか、邪魔だとか言われているんだろう。
別にアクセルは嫌いじゃないし、彼の事情も知っているから陰口なんて気にしなくてもいいんだけど、やっぱり気分は良くないよね。
――あぁ、女の嫉妬面倒くさい。
その後、アクセルと別れて職場に帰る途中にいきなり突き飛ばされた。
(うわ!油断した!)
尻もちをついた所はゴミ捨て場。流石に酷い。これは泣きたくなるわ…。
私が見上げると3人の若い女の子がいた。さっきの店に居たような気がする。
「おい!何やってんだ。やり過ぎだろう!」
何処から見ていたのか、ファールが声を荒らげてゴミ塗れになってしまった私に駆け寄って来てくれた。
いや、本当に何処から出てきたの君。
彼女たちはファールの出現に驚いて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
例えが悪い?いや、陰険女には蜘蛛で十分だ。
着ていた上着を脱いで私をゴシゴシと拭いてくれる。
「ファール…」
このタイミングで来られると泣いちゃうよ。
情けない声しか出てこない。
「待ってろ、とりあえず新しい服を用意してくる。あ、お前の職場に連絡するのが先か?」
「職場の方…。流石に無断で遅刻は無理だわ。服は我慢する…」
ファールが優しすぎる。ファールのくせに。ヤンチャなイタズラ坊主だったくせに。
うううう。泣かせないでよ~。
その後、ファールは手際よく職場に連絡してくれて、家まで付き添ってくれた。
お母さんは留守みたいだ。シャワーを浴びている間、彼には待ってもらっていた。
流石にお茶の1杯も出さずに、きちんとお礼もしないで帰すなんて出来ない。
「さっきはありがとう。物凄くいいタイミングでファールが来てくれるから吃驚したわよ。近くに用事でもあったの?」
うちのお母さんが1番大切にしている、お高い紅茶を出しながら尋ねた。
彼はボリボリと頭を掻きながら、気まずそうに答えた。
「いや…。お前が朝にアイツと約束してたから気になって…。そのアレだ…いつもアイツのせいで困った事が起きたりするだろ。だから、一応見ていようかなって…。というか、これじゃ…」
そこで言葉を切って、大きな手で自分の顔を覆った。
『まるでストーカーだ。気持ち悪がられるだろ…』
私には、その後の台詞も聞こえてしまった。
キューン。自分の心臓の音がした気がした。
なに、この反応は。
ちょっとちょっと待ちなさいよ、私。
「なぁ、毎回あんな目に遭ってるのに、そんなにあいつがいいのか?お前って別に外見でどうのって奴じゃないだろう。最近は頻繁に家にまで呼んでいるみたいだし。親公認ってやつか?」
あー、最近の私とアクセルの噂か。
彼の事を勝手に話すのは気が引けるが、ファールに誤解されている今のこの状況の方が耐えられない様な。何かそんな感じがする。
うん、なんかモヤモヤする。
「アクセルの目当てはうちのお母さんなの!」
「は?」
うちのお母さんは所謂シングルマザーで、私から見ても美人である。アクセルは母目当てで、私に接近してくるのだ。
今回みたいな事があると、多少(本当はかなり)迷惑だが、母の幸せが掛かっているかもしれないので黙認しているのだ。
流石にこの話に驚いたのか、間抜けな顔をしているわ。
ファールはその後、真っ赤になって身体を半分に折って膝に顔を埋める。
何かしら、見慣れていた幼馴染みが可愛くて仕方なくなる現象ってなんて名前を付けたらいいのかしら。
そして、頼りにもなるのだ。大人になった彼は、さり気なく私を助けてくれる格好良い男性になってしまったのだ。
「ねぇファール!最近、八百屋の看板息子が気になるの!私の事をどう思っているか聞いてくれるかしら?」