【第4話『制服のない教室』】
山奥に建つ、無印館学園。 ここには、制服がない。 いや、正確に言うと「制服が禁じられている」学園だ。
その日、ZEROはスカートを穿いていた。 少し短めの私服スタイル。だが、そこに仮面の捜査官としての覚悟が込められていることを知る者はいない。
「……今日のコードは“赤、禁止”。了解した」
門に貼られた紙に、そう書いてあった。 学園に入る者は、日替わりで示される『ドレスコード』を守らなければならない。
生徒たちは私服の中に息を潜める。 誰もが“色”を意識し、慎重に歩を進めていた。
ZEROが教室に入ると、まるで監獄のような沈黙が支配していた。 教師の姿はない。 代わりに、教卓の上に鎮座するスピーカーが、唐突に告げた。
『本日、3年A組、前列左より二番目、出席違反。除籍処理開始』
その瞬間。 教室の空気が歪んだ。 該当の席に座っていた少女が、静かに“消えた”。 悲鳴もなく、声もなく、そこにいた痕跡ごと、空気から消滅したのだ。
「……ルール違反で、生徒が消されてる?」
LUNAが通信を入れてくる。 『アークの干渉反応を検知。怪人の仕業ね。しかもこれ、かなり高度な空間操作系よ』
ZEROは教室を後にし、夜の校舎へと忍び込む。 ロッカー室の奥、忘れ去られた扉の向こう。 そこに、赤く染まった制服が吊るされていた。
「これは……違反者の“抜け殻”?」
赤い布地には、奇妙な紋章が浮かび上がった。
ZEROはそっとその紋章に手を伸ばす。だが、指が触れる寸前、制服がひとりでに揺れ、宙に浮かび上がった。
「これは警告だ。立ち入るな、仮面の異物よ」
スピーカーとは異なる、ねっとりとした低音の声が、空間に響いた。どこからかはわからない。ただ、確かに“誰か”が見ている。
『ZERO、気をつけて。アークの波長が不安定になってる。この空間、完全に“閉じられてる”わ』
LUNAの声が、僅かに歪む。
ZEROは仮面の奥で目を細めた。
(やはり、この学園そのものが“実験場”か……)
そのとき――
制服が炎のように赤く燃え上がった。
だが、炎はZEROには届かない。彼の前で止まり、むしろ歓迎するように渦を巻いた。
「招かれたか……なら、暴いてやる。この“無印”の正体をな」
ZEROは、仮面の奥で笑った。
スカートの裾を翻し、赤く燃える闇の中へと足を踏み入れる。
そこはもう、誰の記憶にも存在しない“教室”。
過去の違反者たちが、制服の影に沈んでいた。