⑥いいひと
「まさか、クッキーまで苦い………って事はないよな?」
相田はクッキーに指をかけ、念の為と王女に尋ねる。
「さぁ………試してみてはどうですか?」
「くっ」
完全に彼女の手の平の上だった。
相田は恐る恐るクッキーの端を口の中で割ると、苦くはないが甘くもない微妙な味と僅かな粉っぽさが口の中を支配していく。
「………どうですか?」
王女が感想を聞きたがって微笑んでいる。
「思っていた程、苦くはないが………何というか、無味?」
食えなくもない。そういう感じであったと、相田は紅茶を飲んで口の中をリセットする。
「やはりそうですか………残念です」
「やはりって………何であんたが残念がるんだ?」
相田には王女の眉が少し下がったように見えた。
「その焼き菓子は、私が今朝作ったものだったので………他の者に食べてもらったのですが、皆一様においしいと言っていたのですが」
「あ………あぁ」
相田は手作りクッキーに視線を落とす。確かに自分達が仕える王家の人間に向かって『まずい』とは口が裂けても言える訳がない。
「でも、はっきりと言ってくれる者がいたのは助かりました。これだけでも、あなたを呼んだ甲斐がありました」
「俺は実験台か」
頭を掻き、相田はさらにクッキーを口の中に放り込む。
不味くはないが美味くもない。口の中は粉によって乾燥地帯と化すが、紅茶を流し込めば左程問題にならない。
「まぁ、王族であっても得手不得手はあるって事だ。せいぜい精進するんだな」
さらに一個を放り込む。
「少なくとも、この苦い紅茶には合う。砂糖を多めに入れておけば丁度いいだろう」
「………それは褒めているのですか?」
王女が呆れたように肩を落とした。
「さぁな。試されたと思って考えてみな」
ようやく言い返す事ができた。
「相田、あなたは良い人なのですね」
いきなり放たれた言葉。王女の目が相田を見つめる。
何故そうも人の目を見て話す事が出来るのか。相田は目の位置を定められず、思わず顔ごと視線をずらした。
「この世界でも、そう言われるとは思わなかった」
指先で摘まんだ菓子を戻し、相田は指を組んで息を吐く。
―――良い人。
相田は小さい頃からそう周囲から言われてきた。
その言葉が誉め言葉であり、馬鹿にした表現ではない事は良く分かっていた。だが、別に良い人間になろうと思って、そう振る舞って生きてきた訳ではない。
『周囲の迷惑にならないようにしましょう』
『困っていたら助けましょう』
『謝ったら許してあげましょう』
中学生の道徳で習うような定型文にそれなりに従ってきた結果、いつしかそう呼ばれるようになっていただけである。
―――取り敢えず相手を褒める時に使う便利な言葉。
そして年を重ねるごとに、相田はいつしかその言葉が使い回しの効く便利な単語程度にしか感じられなくなっていた。『良い人とはどうでもよい人』と冗談交じりに言われた事もあった。
「私としては褒めたつもりですよ?」
「………あぁ。分かってる」
自分の心が曲がっているのだ。どう頑張っても、素直に受け止められない自分がいる事を相田は心の中で度し難いと自嘲する。
だが今更生き方を変えられない。相田は自分が元の世界でも同じように言われてきた事を、会話の繋ぎとして王女に話した。




