④相田と王女
昼過ぎ。
特に何をする事もなく、相田は城内のベンチに腰かけていた。
目の前に広がるのは訓練用スペースの芝生や土。暖かい風が芝生の緑や地面の砂を様々な模様に変えていく。
既に1時間近く太陽の光を浴び、相田は飽きずに緑風を眺めていた。
「………」
相田は空を見上げる。
青空の中に浮かぶ薄い雲が奥の雲を追い抜き、気が付くと別の形を作り、他の雲と重なり始めていた。
「何をしているのですか?」
視界の横から白いドレスが入る。
「………光合成中」
顔を向けずに相田は適当に答える。その姿勢に腹を立てたのか、傍仕えの女性騎士が前に出ようと体を傾けた。
だがリリアは、肘までかかる白のロンググローブの腕を上げてゆっくりと静止させる。
「毎晩悪夢にうなされているという報告は、本当のようですね」
その言葉に、相田は横目で睨むように顔を向けた。
眼鏡を通して見えた王女の目は、相田を見下ろすように鋭かった。
「あなたに休んでいる暇など、ないのです」
「………休暇は労働者の権利だと思ったんだが?」
相田の喉に重たい物が流れていく。
「一日も早く力を自在に扱えるようになり、我が国に貢献してもらわなければなりません」
「殺し合いの戦場でか? 次に殺して欲しいのは誰だ? ゴブリンか? オークか? それとも人間か? あぁ、この国で一番偉い奴なら今すぐ実行してやってもいいぞ? 大、歓迎だ」
感情が沸騰し、手が震え始める。相田は思い出すだけで五感を含めた記憶が蘇り、握る手が白く染まっていく。
「くそっ!」
汗ばんだ手を払うように、相田は王女から視線を逸らして立ち上がった。
そして感情を抑え、散らすように空を見上げ、肩の力を抜く。
「………止めてくれ。俺はあんたと喧嘩をしたい訳じゃない」
声を荒げれば荒げるほど、相田は自分が惨めな存在に見えてくる。漫画やアニメの主人公達の様に、殺し合いを終えても平然といられる精神をつくる事がどうしても出来なかった。
「私もです」
王女の声が柔らかくなる。
「私も、あなたと言い争うつもりはありません」
「あれだけ挑発しておいて、よくそんな事が言いますね」
相田の皮肉に、王女は沈黙を返した。
振り返ると、彼女は穏やかに目を細めている。
「少し、お時間を宜しいですか?」
―――王城の五階。
ここは許された者しか、足を踏み入れる事が出来ない。
相田は王女リリアに連れられて長い廊下を歩き、最奥にある扉の前で足を止めた。扉の左右には、女性騎士が不動のまま両手を背中に合わせて立っている。
王女は彼女達に事情を伝えると、相田を見てやや驚きつつも、王女の言葉に従う事を優先し、渋々頷いていた。
彼女達が扉を仰々しくゆっくりと開ける。
「どうぞ、入ってください」
リリアの背中を追いかけるように、相田も扉を抜ける。
部屋の中はとにかく広いの一言だった。デニスの家のリビングも随分な広さであったが、それよりも二周り程は広い。中央には複数人で食事が出来る大理石のテーブルに、部屋をぐるりと囲むように高級な家具が並んでいる。ガラス戸の外にはテラスへと続く入口も見られた。
どう見ても高貴な人物が住む部屋である。奥と側面には扉が見られ、恐らく寝室等に続いているのだろうと相田は想像する。




