②新たな門出
「あ、ショーゴ。お帰り!」
朝市が終わりを迎える頃、東西南北を結ぶ大通りの一角にある宿屋に入った相田を、赤髪の少女リールが迎えた。
宿屋の看板には森と湖が描かれ、そこに赤毛の女性のシルエットが加えられている。
―――アルトの森と湖。
リール達の新しい宿屋である。王国の援助の基、王都の一等地に建てられた新しい宿屋には、彼女の母親の名前が付け加えられていた。
「ああ、ただいま」
相田は頬を緩ませ、言葉を返す。
まだ宿ができて間もないが、店内は活気に溢れていた。相田がぐるりと見渡すだけで、朝帰りの冒険者や夜勤明けの兵士達の姿が多く見られる。
相田は立場上、今でもデニスの家に住んでいるが、リールは今でも『おかえり』と迎えてくれていた。それは相田にとっても、心の拠り所となる温かい一言であった。
「やぁ、相田君。おかえり」
「ただいま。おじさん。相変わらずの人気ですね」
父親のコレードも奥の食堂から姿を現し、相田と言葉を交わす。先週も会っていたが、お互いに様子を確認でき、静かに安堵する。
「お陰様で、ね。従業員をまた増やす羽目になったよ」
「良いじゃないですか。何たってここの酒場の売りは個室がある事ですからね。騎士団の人達も人目を気にしなくて飲めるって、もっぱらの評判ですよ?」
王都に移住を希望した人達に対して国は約束通り援助を行った。だが、アリアスと比べて物価の高い生活には苦労も多く、多くの村人達は期限内に安定した仕事を見つける事に苦労している様であった。
そんな中、宿屋をここでもやろうと言い出したのは他でもないリールだった。無論、気持ちは同じくしていた父親だったが、最初は渋っていた。
まず準備にかかる支度金がない。ただでさえ物価や土地の高い王都で、外から来た人間が何のコネもなく店を立ち上げる事は不可能。できるとすれば余程の豪商か、政界に融通の利く者でなければ無理な話である。
だがそれでもと、相田はリールの提案を後押しした。そして自分の報酬の殆どをこの宿屋の運営に継ぎ込んだが、それでも店を立ち上げるには一年近くかかるだろうと見越していた。
その計画がたったの半月で達成されたのは、予想外にもロデリウスからの援助だった。
彼は諜報活動を行う自分の部下達が安心して情報を交換し、かつ英気を養える場所を欲していたが、既に存在している宿や酒場から信頼できる人物を探す事に難航していた。
そんな矢先、アリアスの村から焼け出された者が宿を運営するという話は渡りに船だった。彼はリール達の宿建設に資金援助だけでなく、土地の確保から手続きの一切を引き受けた。さらに相田の提案から居酒屋風の個室を採用し、オープンスペースばかりだった他の酒場や食堂との違いを売り込み、あっという間に人気の店となった。
「はい! ビールお待ちどうさま!」
相田の後ろを、新しい従業員となったサージャが通り抜けていく。コレードは隣のお店から度重なる嫌がらせからウチに逃げてきたと切り出し、来たばかりにもかかわらず、彼女の接客の手腕を褒めている。
相田は気にしない事にした。




