⑥細やかな奉公と金策
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アイダは左右の方角を確認し、村に続く道に向かって森から体を出した。
手には野草が入った二つの袋。
誰も入ってこない森の中は、十分に育った薬草や香草の宝庫であった。食事を提供する店である以上、香草やそれを乾燥させて粉末状にした香辛料の消費は激しく、購入しようにも単価は高く、店の収支に大きく影響する。故に、こうして定期的にアイダは自分の荷物の補充と併せて採集も行い、香草は宿へ、薬草は村の道具屋で売って自分の生活費の足しにしている。
四十分程歩いて森を抜けると、やや高くなっている丘の上から小さな村を見下ろす位置まで戻って来た。
アリアスの村。
ウィンフォス王国と呼ばれる国の西方にある、人口二百人程度の小さな村。南の山脈を抜けて他国へ向かう者達にとっては最後の宿場であり、山を越えてきた者達にとっては旅の疲れを癒す最初の宿場であった。
「よう、アイダ。いい山菜は採れたかい?」
丘を降りて村の前まで進むと、腕の太さ程度の木々で組まれた柵の前で立つ見張り役の村人に声をかけられた。
「ええ、ぼちぼちですね」
アイダは手を軽く上げて挨拶を交わす。
「そうか、それじゃぁまた近いうちに食べに行くよ」
「お願いします」
適度な短さで挨拶を済ませ、村の中へと進む。
「往復で二,三時間ってところか」
太陽の角度や村の賑わいの様子から、ようやく身について来た時間の経過を予測する。
アイダは手首に巻かれている厚めの布バンドを小さくめくった。
「よし、正解」
腕時計の針は午前十時を示していた。
アイダはバンドを元に戻し、腕時計を隠す。太陽で発電できる腕時計は、この世界にとって未知数の技術だが、隠す事のリスクよりもアイダは持ち歩く方を選んでいる。
少し歩くと、村の中央を走る大通りに到着する。北に向かってやや登り坂になっているのが特徴的で、この大通りに沿って道具屋や宿屋などが左右に並び、村で最も盛んな場所となっている。
既に我が家と言うべき宿屋は、この通りの中央に構えていた。
『森と湖』と聞けば、この村では一,二位を争う良宿である。利用者の多くは常連で、中には必ずこの宿に泊まると、数か月先の予約を入れていく行商人もいる程であった。一階の食堂も人気で、その日に採れた良質の肉と店主であるコレードが育てた野菜、奥さんであるアルトの自家製パン、そして娘のリールの明るい接客が連携して、自然と内外から客を集めている。