③無垢な少女
「んんー。師匠、話長ぁい………」
しびれを切らした子どもの声が、夜の空気を無邪気に掻き混ぜた。
「そういえば………いたなぁ」
リコルが鼻で笑い、わざとらしく驚いて見せる。話の始まりでは、蒸かしただけのジャガイモを頬張り、串肉の余りに手をつけて黙っていたが、ついに口を動かす食料もなくなり、大魔王の左裾を掴んで何度も引くという狂気に走っている。
「ふむ。待てぬか」
「待てない」
黒き深い瞳で見下ろされても、フォースィは大魔王の問いに即答する。
「なら、先に寝るがよい」
「やだ、眠くない!」
大魔王の提案を、恐れ多くも秒単位で却下した。
会話だけならば、子どもが親にぐずっているだけである。だが、相手が大魔王である事に、コルティ達は息を飲み、先の読めない展開を見守っていた。
「ならば、仕方あるまい」
大魔王が、指で顎を二度擦る。そして、面倒な意思表示を鼻息で表すと左腕を伸ばし、フォーネの額の近くで手を開いた。
「ならば、眠りの魔法を—――」「ちょ、ちょっと待ってください!」
全員が一斉に腰を浮かそうとしたが、マキが最も早く立ち上がる。
「子どもが寝ないからって、魔法で眠らせる親はいません!」
彼女は相手に動じる事なく、正論を吐いた。
「………今まで、このようにしてきたが? 何か問題があるのか?」
「問題しかありませんよ」
マキが肩を落とし、溜息を吐く。そして、子どもを寝かしつける親の責務を説いた。
大魔王が全てを聞き終えると、静かに唸り始める。
「理解に時間を要する内容だ。第一、非効率な行為に価値を求めようとする人間の思考は、未だ辿り着く事が出来ぬ」
最期に自嘲する。
大魔王にとっては、魔法で眠らせた方が互いに効率的だと思っていた。だが、マキは時間をかけてでも自然と眠れる生活と体のリズムを作る事が大切だと訴え、大魔王の左手を下ろさせる。
「ならば、どうする?」
止めた者としての責を、マキに求めた。
彼女は仕方がないと鼻から空気を漏らし、腰に両手を置いて周囲を遠目に見渡す。
「しばらく、その辺りを散歩してきます………あ、お兄様もお付き合いください」
「えぇ? お、俺もかよ」
指名されるとは思わず、リコルは自分自身を指さして驚く。
だが、彼女の表情と声色から妹に逆らう事は出来ないと察した彼は、汚れてもいない膝を払いながら立ち上がり、肩をすくめた。
「仕方がない。それじゃぁ、ちょっと行ってくる。悪いが、後で話の続きを教えてくれ」
コルティ達に背を向け、軽く手を振る。そして、リコルとマキは、陽気になったフォースィを連れて森の奥へと消えていった。




