⑩解放される黒
「陛下、御心配をおかけしました」
復活したアスタロッテは静かに膝を折り、王の前で頭を下げる。
「うむ。だが、予定よりも大分時間がかかっているようだな」
パーカスは右手を差し出し、彼女に改めて忠誠を求めた。
「体がまだ慣れておらず、醜態をお見せしてしまいました。やや魔力が散逸しましたが、結果に支障はありませぬ」
「そうか。なら良い」
アスタロッテはパーカスの右手に手を添え、手の甲に口を近付ける。
「陛下の御為に」「うむ。期待して—――」
パーカスの表情の時が止まった。
「貴様っ!?」
勢いよくパーカスが手を引くが、彼は自分の右手を見て顔を青くさせている。
相田は二人の間に何が起きたのか分からなかったが、先程まで彼が右手につけていた物が無くなっている事には気付けた。
赤い指輪が無くなっている。
「陛下………お約束通り、もう醜態を晒す事はないでしょう………ただし、それは貴様の思い描いていた結果ではないがの」
立ち上がったアスタロッテの親指と人差し指の間で、赤黒い宝石が太陽の光を浴びていた。
「あ、アスタロッテ! 貴様っ、その指輪を返せ!」
パーカスの慌て様は異常な程であった。目は泳ぎ、汗を流し始め、声にも全身にも震えが見えていた。
一方のアスタロッテは、清々しい程に微笑み、満足と高揚の両方を味わっている。
「おやおや、裸の王様。まだここにいたのか? 早く。そう、一秒でも早くここから逃げた方が良いのでは?」
「くっ!?」
王が大きく後ずさる。
パーカスは周囲を見渡すと、怪物達の唸り声と意志をもった目が一人の人間を直視している事に気付く。
「………成程成程。奴の方が道化だったということか」
相田は二人の関係とこの後のパーカス王の末路を概ね悟った。
「うむ。理解が早くて助かる」
アスタロッテが、後頭部を掻きながら苦笑する相田に微笑みを返す。
彼女が指輪を眺める。
「これは吾の意思をある程度縛るのだ………あぁ、早目に伝えておくが、この指輪を手にすれば何とかなると思わない方が良いぞ?」
そう言うと、彼女は赤い指輪を溶かし、自らの手の中に吸収させた。
「あの鎧と同じく、我の魔力で作られていたものじゃからな」
「………残念だ」
舌打ちする相田が、そんな事だろうと肩をすくめる。
「そ、そんな………指輪が。先祖の秘宝がっ!」
「それ程驚く必要もあるまいて。そもそも貴様だけのせいではない。不相応にも魔王を御しようと企んでいた時点で、貴様の一族の未来は決まっていたのだ。偶々、そう刻の悪戯がこの瞬間を選んだだけにすぎぬ」
最後の手段を失ったパーカスの絶望した顔を見ながら満足し、アスタロッテは数度頷く。
「これで吾を縛るものは皆無」
「ひっ!」
パーカスの足は、既に下がる選択肢以外の動きが許されていなかった。




