①黒の開幕
「ふむ………外がまだ騒がしいと思って、見に来てみれば、いやはや」
中央広場で怪物達の死骸が石畳の床を覆いつくし、倒壊した家屋にも何体ものの死骸がぶら下がっている。血と臓腑の匂いが鼻を突く世界、その成れの果て。そんな地獄に不似合いな貴婦人がハイヒールを鳴らしながら姿を現した。
「ようやく………お出ましか、い」
今にも座ってしまいそうな膝を、伸ばした腕で無理矢理にでも押さえ付ける。相田は息を切らせ、汗を汚れた地面に滴らせながら目の前の女性、古の魔王アスタロッテを睨み付けた。
しわも光の陰影も許さない漆黒のドレスを纏った彼女は、どこからか取り出した銀の刺繍が入った黒の扇子を口元で開き、ゆっくりと目を細めていく。
「偽物の癖に、よぉやりおるわ」
「ししょーが、偽物だって!?」
体力を既に半分以上失っているフォーネが真紅に染まった手袋で握り締め、自分の師を貶された事に純粋な怒りを見せた。
「本物の魔王である吾が言っているのだ。間違えようもない」
そして周囲を一瞥する。
「まぁ、唯の人間を素材にしている以上、この辺りが限界か………ん? おや、そこにいるのは」
アスタロッテは商品を眺めるかのように、広場の隅で縮こまっていたアインに目を付けた。彼女は淑女としての堂々とした歩みで少年に近付いていく。
「勇者ごっこは楽しめたかのぉ?」
魔王と勇者という因縁の関係。アスタロッテは相手を見下しながら気さくに声をかけると、高笑いを始めた。
「こやつも、元々は何の力もない小僧に過ぎぬ。それが勇者だ何だと周囲におだてられ、利用されている事にも気付かず、さも自分が世界の中心かのように振る舞っていた姿は、非情に滑稽だったぞ?」
だが当のアインは、恐怖に怯え、膝を額に付けながら肩を震わせ続けている。
「何じゃ、つまらぬ」
どこまでを期待していたのか。予想通りの反応すら満たせなかった少年の姿に、アスタロッテは扇子を畳み、自分の手のひらに何度も当てる。
「あの女が大層に宣伝したから使ってはみたが………せっかくの鎧も、元が低ければ意味がないではないか」
アスタロッテが扇子の先を、蹲るアインの頭頂部に押し付けると、異様な光景が生まれ始めた。




