③野菜を食べなさい
「いえいえ、まだ分からない言葉ばかりですよ」
そう言って苦笑する。
アイダは細い木の枝と蔓で編まれたバスケットから小さなパンを手に取ると、それを指先で千切って口に入れる。窯の中で焼かれたばかりのパンは柔らかく、砂糖を使っていないにもかかわらず、舌の上で生まれる穏やかな甘さが口の中を飽きさせない。
「そう? それでも誰かさんよりかは優秀だと思うわ」
アルトはようやく空にしたリールの皿に追加で野菜を盛り付ける。
「で、でもっ、この前のテストでは一番を取ったんだからっ!」
リールはこれ以上無理と声のトーンを上げながら、野菜の皿をアイダに押し付ける。
「それは運動でだろう? それ以外でも良い成績を取ってもらいたいものだっと」
コレードが自分の野菜の皿を娘の前に差し出した。
「ちょっ、お父さん! その香辛料結構きついのよ!?」
リールは自分に回ってきた皿を再び正面に運ぶ。
「………お前なぁ」
三枚に増えた野菜の入った皿を見て、アイダはリールを細い目と湿った視線で睨んだが、彼女は唇を尖らせたまま、故意に目を逸らして対抗してきた。
溜め息が漏れる。
と、同時に頬も緩む。
「分かった分かった。でもこれ位は食べろよな?」
仕方がないと諦めたかの様に声を落とし、アイダは野菜を自分の皿に殆ど盛り付け直すと、二口だけ残った方の皿をリールに突き返した。
「………分かったわよ。これ位なら食べてあげるわ」
逆らえない左右の視線の気まずさから、しぶしぶアイダから皿を受け取り、リールは時間をかけまいと一気に口の中に野菜を放り込む。
だが、フォークを口に入れたまま彼女が固まった。
「かっらぁぁぁぁい!」
顔と耳を真っ赤にしながら、リールは目の周りにしわを集める。すると、すぐさま自分の水を飲み干し、さらに左右にあった両親の水にも手を伸ばした。
それを見た彼女以外の三人は、我慢していた笑いを一気に吐き出した。
「あはっはっは。お前、それはおじさんが使ってた皿だよ」
アイダは笑いながらリールの皿を指さし、種を明かす。
「くううううぅぅ!」
リールは真っ赤になった顔でフォークを握る手を震わせている。そして『ショーゴのバカ』と天井に向かって叫んだ時には、食卓の笑いは頂点に達していた。
アイダのいた世界とは異なる世界。ここはウィンフォス王国領の西方に位置する、アリアスと呼ばれる森に囲まれた村。アイダはそこでの生活にようやく慣れ始めていた。