⑤魔力の流れ
負けられない。
フォーネは地面を強く蹴り出した。
彼女は交わしていた両腕を大剣の刃に滑らせ、相手の動きを封じたままセルに肉薄する。
「ししょーの為にも、負けられないんだからぁっ!!」
「くそっ! これじゃぁ、下がっても―――」
セルが踵で地面を蹴り出して後方へと飛ぶが、飛び込んで来たフォーネとの距離を開ける事ができない。そこに彼女の右手がセルの体の中心部に当たり、そのまま掌底となって巨体を浮き上がらせる。
「魔王めっさつれんごくしょぉぉっ!」
フォーネの拳が左右合わせて二桁に見える程の速さで浮いた巨体へと打ち込まれていく。その速さは彼女が拳を引いても、セルの肉体の一部が拳の形で沈んだままで、さらに次の一撃と続くように他の場所が沈んでいく。時間にして一秒にも満たなかったが、セルの鎧は完全に砕け散り、巨体は放物線を描いて石畳の上に落下していった。
「これが………修行の成果です!」
直立の姿勢に戻り、フォーネは大きく息を吐いて体内に走る魔力の流れを再調整する。
退魔として使うはずの彼女の魔力は、その特異な体質によって外にではなく、内へと作用する。故に魔力を霊体にぶつけられずに魔を払う事ができないでいたが、逆にそれは小さな体であっても爆発的な力、運動能力の向上に作用する結果となっていた。
加えて、フォーネは相田の教材から、接近戦、とりわけ己の肉体で戦う人物達の動きを何度も読み返し、密かに模倣してきた。先程の技も、三つ目の妖怪が使っていた技の一つで、本来は炎と合わせて放つ技であった。
「うっ」
フォーネが後ろへと数歩よろめく。それは貧血のように視界が狭まり、耳が遠くなる。胃の内壁を手で擦られているかのような不快感と吐き気に襲われ、膝から力が抜けていく。
だが喉元まできた何かを強く飲み込むと、フォーネは太腿を何度も叩き、膝を押して直立の姿勢を維持させる。
やがて体内の魔力が徐々に平均化され、元の体調に戻り始めた。
「まだだよ。まだ耐えられるから………まだ」
ケリケラとの約束を忘れないよう、フォーネは何度も自分に言い聞かせる。
倒れたままのセルが指先1つ動いていない事を、フォーネが遠目で確認する。大岩をも砕く彼女の一撃を連続で受け止め、肉体が残っているだけでも奇跡的な状況であった。




