②犠牲は僅か
中央に向かう馬車や部下達とすれ違いながら、南の大通りを戻ること数分。相田は十字路の隅で横たわる猫亜人の前で止まる。
「……二人もか」
膝を付く。
そして、時が止まってしまった彼女達の髪を静かに撫でた。
相田は黒ぶちの位置と短い尻尾から二人の名前を思い出す。彼女達は人並外れた腕力をもち、さらに魔法によって防御と回復が扱える種族であり、相田にとって心強い存在だった。
コルティ以外の猫亜人達とは、まだ十分に関係が作れた訳ではないが、それでも今まで当たり前のようにいた存在がいなくなる事は、相田の心に少なくない傷を負わせる。
自分の命令の結果であれば、尚更だった。
「御主人様」
コルティが立ったまま主人に声を掛ける。
「主の為に、彼女達は最期まで戦い、命令を守り切りました。どうか哀しみや後悔ではなく、同胞達の死を御主人様の誇りとして胸中にお納めください」
「………ああ。彼女達の命を無駄にはしない」
ベルゲンらの救護と護衛を務めながら、東西から迫る援軍を抑えるべく、コルティを中心に十人の親衛隊達が文字通り壁となった。彼女の報告では、敵の援軍は三百人に達していたと説明を受けている。
十倍以上の数を相手に僅か二人の犠牲で済んだのであれば、戦果としては十分すぎる。
だが、相田は素直に喜ぶ事が出来なかった。
「コルティ。彼女達を手厚く葬ってくれ」
「はい」
コルティが深々と頭を下げると、相田は静かに立ち上がる。そして、自分の掌で顔を覆おうとして右手を自分の顔まで近付けたが、途中で止めた。
そして拳を握り、相田は赤くなり始めた空を眺める。
大きな音が街を駆け抜けた。音は空気を揺らし、遅れて地面と建物が僅かに軋んだ。
「西の方からです」
コルティが静かに音の原因の方向を見つめる。
「王国騎士団か、それとも―――」
西へはフォーネとケリケラが向かっていた。だが、遠く離れた気配も魔力も感じる事が出来ない相田に、それを確認する術はない。
「どうなさいますか?」
コルティが敢えて尋ねてくる。
助けに行くか、それとも彼女達に任せるか。相田は単純で明快な選択を迫られた。
「フォーネ達を信じよう。俺達は俺達でやるべき事を果たし、明日に備えなければならない」
「………はい。それがよろしいかと思います」
コルティも相田の決断を支持し、力強くゆっくりと頷いた。
相田はもう一度だけ赤黒くなっていく西の空を眺め、そして中心の広場へと歩き始めた。




