⑩お前には負けない
「お?」
自分の力加減に失敗したかと、苦い顔だった顔のセルの眉が次第に上がっていく。
「………ま、まだです。まだ私は、お前だけにはっ! 負ける訳にはっ!」
伸ばす事ができずに、内側へと曲がり震える膝を支えるべく、カレンは持っていた双剣を石畳に突き刺してでも姿勢を維持させる。
乱れる呼吸。
幾度となく吸っても、不足し続ける酸素。
流れるような光沢のあった美しい黒髪は見る影もなく、土と血で汚れている。前髪もだらしなく垂れ、それを直す気力すら彼女には残されていなかった。
「た、隊長! くっ!」
生き残った仲間達が近付こうとするも、エクセルがそれを許さなかった。彼女はカレンの時とは異なり、他の兵士達に対しては確実に首を狙い、伸びた銀の刃を横に払う。
「………皆さん」
カレンは息を無理にでも整えようと試みながら、仲間の最期を端目で見届けた。
悔しさを滲ませながら目を瞑る。
恨みつらみを言葉にして吐く余裕すらない。
今の彼女には、小隊長としての仲間への申し訳なさと怒り、そして自分の無力さに対する悔しさを怒りに代え、心の床に一つ一つ積み上げていく事しかできなかった。
「………お父さん………相田さん」
口から発せられる、大切な名前。
そこで、カレンはあの夜を思い出す。
「ほぉ、まだ立つか………」
一人の戦果として十分過ぎる数字の騎士達を葬ってきたが、それ以上の数の通過を許してしまった事が、セルにとって思った以上に不完全燃焼であった。しかしながら、今更追いかける気分も沸かず、彼は目の前で命の炎を絶たせまいと懸命に抗う少女を相手にする事で、それを満たそうとしていた。
「だが、いい加減、実力の底も見えて来た。そろそろ終わりにしようぜ」
セルは自分の目の前で臆さず、赤く腫れあがった腕で双剣を構える少女を前に舌なめずりする。
「神様………私に力をお与えてください」
特定の存在を崇めている訳ではなかったが、カレンは自分に言い聞かせるように呟く。
視線を右にずらせば、リバス騎士総長がうめき声を這わせている。
まだ生きている。
「逃げる訳には………いかない。騎士になる為にも、お父様の娘でいられる為にも」
だが、勝てない。
攻めきれないカレンが視線を戻すと、痛みに耐えつつ左右の剣を握り締めた。
「その身に命の危機が訪れた時―――」
以前、戦争が終わった後の事を話し合ってしまったが故に課せられた、かもしれない呪い。彼女はそれが本当だった事をここで悟る。




