⑬沼から這い出る
「ウィンフォス王国側としての理由は………まぁ、そうなのだろう」
準備を終えたバージル卿が、再び中央の広場に向かって歩き始める。
「だが、蛮族との戦争に勝利したウィンフォス王国は、結果として強大な隣国となった。国境に面した国は、南の山脈と砂漠を越えた先にある国、そして草原と平地で繋がっている東の国の二か国のみ。さて、次はどちらが攻めやすいだろうか?」
答えが見える問いが投げかけられた。
相田にとっても、バージル卿が言っている事は理解できなくはない。元の世界でも、似たような話は歴史上いくつもあり、日本にとっても他人事ではない話題でもあった。尤もらしい理由を付けて増強されていく軍事力、そしてその力が周辺国や世界と比べて優位であったら、果たして隣に住む人々は気にし過ぎだと笑って済ませられるだろうか。
少しずつ深く、相手を理解しようと思考を巡らせ始めた相田だったが、一瞬息を止めると、そのまま吐くように強く目を閉じた。
「………悪い癖だ」
彼に対する返答を考える事自体を停止させると、相田は静かに魔剣を正面へと構える。
「立ち位置で価値観の変わってしまう開戦の理由など、所詮たれればの話、行きつく先は水掛け論だ………考えるべきは、どちらがどういう形で、この戦いを終わらせられるか。それだけでは?」
相田の言葉に、バージル卿は眉を上げて僅かに驚きつつも、大盾を正面に、騎兵槍をやや引き気味に構えた。
「成程。少しは言い返せるようになったか。結構、結構」
言い終えると、バージル卿は既に相田の上空を制していた。
「ならば、我が屍を越えてみせよ………魔王っ!」
引き絞られて放たれた槍が地面を貫き、周囲の石畳と土砂を一斉に舞い上げる。
「相変わらず速ぇなぁ、おぃ!」
相田が表情を繕うにも、回避と苦笑いが精一杯だった。
だが大量の石片と土砂が二人の視界を覆い隠している。相田は、左肩のベルトから指の間に挟めるだけ挟んだ紅の結晶ナイフを抜き取り、勢いよく振り払った。
「ジャックリッパ—!」
高純度に精製した魔力結晶のナイフは、相田の意思に乗って席編の間を縫うように赤い軌跡を引いていき、土砂を掻き分けながら正面の男を目指す。




