⑦バージル卿
「全くだ………出て来なければ、戦う事もなかっただろうに。残念だ」
その声は正面からではなく、相田の背後から聞こえてきた。
そして一瞬。視界がカメラのフラッシュのように眩く光を放つと同時に、相田の周囲にいた数十体の骸骨兵達が、白い灰となって浄化される。
「な………んだと」
まるで背筋を硬い金属で押し付けられたかの様な圧力に、相田はすぐに振り返る事が出来なかった。
時間にして二秒程度の現象だったが、相田はようやく背後の声に反応し、急ぎ振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
「しまっ―――」「反応が遅い!」
すぐに相田は顔を元の位置に戻し、本能に近いまま黒い盾を展開させる。
ほぼ同時。
相田の眼の前で白銀の点が黒い盾と接触し、激しく火花を巻き散らした。
「くっ!」
相田は押し込まれた衝撃を受け止めずに足を浮かせて利用し、そのまま後方へと飛び下がる。
目の前には、体の半身が隠れる程の大きな赤い外套を羽織った一人の将が立っていた。
それは外套と同じ色の短髪の男。生地の部分が多く見られる程に軽装だが、白銀の胸当てを身に付け、同じ材質でできた騎兵槍の片手で握っている。
「………バージル卿」
相田の表情が苦虫を噛んだそれになる。
「本当に戦場で相まみえる事になったか。出来れば、そうなって欲しくはなかったよ」
男は年齢によってややくすんだ赤い髪を左右に振り、兵士達に悟られない程度に何かを残念がった。
だが、相田もまた頭を左右に振ると目を強く瞑り、すぐに表情をつくり直した。
そして魔剣を一度鞘に納めると腕を組み、両足を小さく広げ、堂々たる魔王としての威厳を見せつける。
今自分の正面に立っている男は、クレアの父親ではない。カデリア王国の大貴族にして、将軍である。相田はそう自分の心に何度も言い聞かせた。
「それが君の答えか」
バージル卿が小さく頷く。
そして本来は馬上で扱うはずの巨大な騎兵槍を頭上で一回転させてから地面に水平へと構え、その先端を相田に見せつけた。
カデリア兵達は事前に命令を受けていたのか、無言のまま徐々に後方へと下がり、バージル卿と距離を開け始める。
次第に相田と二人だけの闘技場が出来上がった。
街中の至る所で戦闘が繰り広げられているはずだが、この場所だけは静寂が支配していた。西風が割れた石畳の欠片を運び、さらにバージル卿の外套を波立たせる。




