①王都包囲
太陽の角度は頭上に上がっていた。
これから攻めるにしては、随分と悠長なタイミングである。
「魔王様、西部に展開していた王国騎士団の準備が整ったそうです」
各部族から優秀な者達を集めた混成部隊に所属する蜥蜴亜人。魔王軍の軍師となったシュタインが、本陣の中心で立っていた魔王を称する相田に報告する。
「我々の準備は?」
続いて相田が、後方で控えていた狼亜人のツヴァイールに声をかけた。
彼は南部の穀倉地帯にある二つの集落を、ほぼゼロに等しい被害で占領した実績をもつ。相田は戦場の先陣として彼と彼の一族の部隊を好んで用いていた。
そのツヴァイールが、主である相田の問いに胸に手を当てながら頭を垂れ、自信をもって答える。
「は、既に全軍の準備を終えております」
清々しい程の風が、相田の後ろから撫でるように通り過ぎ、土と草の匂いを運んでくる。戦争に関係のない自然な匂いだが、間もなくその風も土も、汚れた血と肉の匂いを運ばされる事になる。
相田は周囲を見渡した。
正面にはカデリア王国最大の都市、王都ブレイダスの最外縁部の城壁がそびえ立つ。
対する左右後方には一万を割った魔王軍。
全身鎧を纏った猪亜人、三又の槍を掲げる蜥蜴亜人、空を支配する背中に羽を生やした有翼人、さらには小鬼が、魔力結晶を火薬代わりに応用した飛び道具を肩に担いでいた。
報告によれば、西の大正門から攻める予定の宰相ロデリウスと騎士総長リバスが率いる王国騎士団約二千名が、展開を終えている。また、双方向の情報伝達を高速化させる為、王国騎士団側にも伝令用の小鬼と通訳用の猫亜人を数組派遣し、空中で待機する有翼人を中継した光信号の準備を済ませてある。先程の準備が整った連絡も、この方法によるものであった。
「どれだけ、生きて返してやれるか………」
相田は前方にある南の大正門を睨みつける。
これは、一度限りの総力戦。
物資も兵力も、未だカデリア王国が上回っており、攻城戦における三倍差の兵力保持の鉄則は、既に満たしていない。
時間も限られている。
魔王軍に所属する蛮族達の契約期間、そしてウィンフォス王国から伸び切った補給線、カデリア王国の焦土戦術によって占領した街々から搾取されていく物資、加えて迫る冬の到来。
ロデリウスが出した結論は、開戦から五日以内の王都陥落だった。
それ以上は消耗戦と化し、物資も兵力も不利なウィンフォス王国は、勝つ見込みを永遠に失う事になる。
魔王軍と相田に与えられた役割は二つ。
一つは、堅牢と言われる南の大正門に敵の戦力を集結させつつ、これを突破。そして西攻めを担当する王国騎士団の損害を可能な限り少なくさせた状態で王都へと侵入、そのまま王城へと誘導する事。
次に、勇者とその一行の撃破または誘引。王国騎士団達はその間隙を縫って城内に侵攻、パーカス王の身柄を確保する算段である。
魔王軍や相田に、戦闘のほぼ全てを丸投げしたと言えなくない分担量だが、戦力の規模や相田の能力を考えれば、止むを得ない方針であった。




