③不穏な世界
部屋から声にならない嗚咽が聞こえてくる。
「………こりゃぁ、もう駄目かもしれねぇな。あいつも、この国も」
ポケットに片手を入れながら廊下を歩いていたセルが、地上に向かう階段の手すりに手をかけた。
リコルの言う通り、セルにこの国と心中する気は全くない。今回の戦争も、ウィンフォス王国を奇襲し、王女を監禁し、ついには国王すら暗殺して勝利は揺るぎない計画だった。
それが蓋を開けてみたら、どうなったか。
「話が、ちょいと………いや、随分と違うんじゃないんすかね?」
階段に一歩踏んだ所で足を止め、独り言を呟き続ける。
「いっその事、もうこの企画を破棄したらどうですかね。大損する前に………損切りって奴でしたっけ? あれっすよあれ」
「………駄目よ。まだ、私の企画は続いているの。あなたも給料分働いてもらわないと困るわね」
階段横の影から、女性の声が流れてきた。
「まぁ、これだけでかい案件を企画した本人が『やっぱり無理でした』とは、簡単に言えねぇか」
「言葉遣いは正しく使いなさい、セル。上司に対しては、敬語を使うのがマナーよ」
「………へいへい」
セルがつまらなそうに息を吐いて、階段を昇り始める。
「あぁ、そうだ」
思い出したかのように、すぐに足を止める。
「例の魔王の存在ですがね。ありゃぁ、俺達と同じ匂いがするんですが………上には報告した方が良いと思いますぜ」
既に戦った身としての経験を、目下の女性に伝えた。
「………報告するにも情報が足りないのよ。それに、あの程度の能力なら、勇者や魔王を名乗らなくても、この世界で過去何人も見てきたわ。それよりもあなたはあなたで、目の前の義務を果たしなさい」
話を逸らされ、セルは肩をすくめる。
「了解。報連相でしたっけ? 俺はちゃんとやりましたからね。後になって、俺の責任にするのは勘弁して下さいよ?」
セルの言葉に何も返ってこなかった。そして、いつしか人の気配も消えていた。
「やれやれ。ここでも、上司の顔色伺いとは………やってられねぇな」
城が僅かに音を立てて振動する。
それに気付いたセルが、自分が進むべき道の先を見上げた。
「さぁて、最後まで生き残るのは誰かな?」
第五部「反撃のウィンフォス」完




