⑪上と下
我が娘の幼さに小さく溜息をついたバージル卿は、改めて相田の眼を遠くから覗き込む。
「停戦………それはウィンフォス王国としての正式な提案ですかな?」
「いえ。ですが、上層部を説得できる条件も見込みもあります」
相田の言葉にバージル卿が小さく頷く。
「それで、娘を返す事を条件に相談役である私に話を持ち掛けた。そして、この話を陛下に進言して欲しい………そう希望されていると?」
短くも的確な表現に、相田は静かに頷いた。
だが、バージル卿の表情は困惑の色を示していた。
「失礼ながら………と言って良いものか。敢えて貴方と呼ばせてもらうが………貴方は我々の知る『魔王』とは随分と色が違うようですな」
「良く言われます」
相田は小さく鼻で笑い、真顔のままの彼の話に乗る。
「ですがバージル卿にとっては、『血も涙もない魔王』よりは、大分マシなのではありませんか?」
話の通じない相手程、戦いの終わりは見えてこない。それこそ、どちらかが力尽き、果てるまで戦い続ける事は、戦争の中において下の下の発想である。
バージル卿は新しく注がせたワインを大きく含み、余韻を味わいながら酒気を吐き出した。
そして、口を開く。
「私としては、血も涙もない魔王の方が、かえって助かりますな」
思いもしない回答が投げられた。
「そうは思わないかね?」
さらに、相田へ回答困難な同意を求める。
バージル卿が続ける。
「血も涙もない者からの侵略の方が、兵も民も迷う事無く一丸となって戦う事が出来る。それこそ、相手の傲慢さは弱点を突く隙にもなり得る。それは貴方方の国が、我々の事を『侵略者』だと宣伝した事と同じではないのかね?」
堂々とした解釈に、相田は何も答えられなかった。思わずナイフとフォークを持つ力が緩み、視線が不安定になる。
「残念だが、それだけで陛下に交渉を迫るには、随分と説得力に欠けている」
まるで生徒の提案に赤文字を刻む教師のような関係が出来上がる。
相田もここまで来て退く訳にもいかず、思わず喉に力が籠る。
「ですが、このまま進めば、あなた方には籠城戦しか策がない。今まで敗退の連続で、その士気は決して高くない。加えて、焦土戦術によって国民の厭戦気分も高まっているのではありませんか?」
士気の低い軍が、補給も援軍も期待できない籠城戦に長続き出来るはずがない。厭戦気分の国民が、協力的になるとは限らない。相田は知っている情報を並べ、自分の提案を可能な限り武装させた。
バージル卿はそれらを全て飲み込むと、一切否定しなかった。
「まぁ、それらは概ね事実だ、と言っておこう。娘を含め、勇者達は先の戦いで敗れている。戻って来た兵達の士気は軒並み低い。各地から戦力を集めた事により、以降の援軍は当てにできない。これもまた事実だ」
「お、お父様!」
今まで沈黙を守っていたクレアが、内情を暴露する父に向かって怒りを露わにした。




