⑩交渉
バージル卿が『さて』と切り出す。
「娘から聞いた話では、魔王殿は私と話がしたいとの事だが?」
バターの色と匂いを含んだ特製のソースが焼き目のついた鳥肉の上に垂らされた香草焼き。彼は程よい厚みの部分にナイフを通す。
「わざわざ危険を冒してでも来られた魔王直々の密事。是非ともお伺いしたい」
バージル卿の目が細まり、鋭く深みのある瞳が相田を覗き込んだ。
無意識に相田の喉に大量の唾が落ちていく。
―――バージル家現当主、デルミッド・バージル。
カデリア王国内で屈指の大貴族であり、魔法使いを束ねる傑物。政治的には国王の助言役として活躍しているが、立場としては穏健派と称される者達に属し、この戦争において最後まで疑問を呈した一人とも言われている。
相田はロデリウスから聞かされていた情報を、頭の中で流し読みする。
そして、出された肉に相田もナイフを通し、フォークで差し込んだ。
「穏健派と謳われるバージル卿に、是非とも聞いていただきたい提案があります」
穏健という言葉が虚報と言いたくなる程の眼圧に、相田は思わず意識をもっていかれそうになる。それでも、夢の中に出て来た男と比べれば幾分もマシである。相田はその圧に耐えようと両手でフォークとナイフを握り直し、力を込める。
そして、相田は現在のウィンフォス王国の王国騎士団、そして魔王軍が間もなく王都を包囲できる位置まで進出している事を彼に明かし、この先に待っている未来が王都への攻城戦だと言い切った。
「これ以上戦う事になれば、双方の単純な数の減らし合い、消耗戦です。道中で見た所、この王都には、まだまだ多くの民間人が避難せずに残っているようでした。私としては、そうなる前に停戦を提案したいと思っています」
民間人を巻き込みたくないという直接の言葉を避け、しかし戦いになれば民間人を巻き込む事を否定しない遠回しな脅迫とした。
「何の話かと思えば………随分と馬鹿な事をおっしゃいますのね」
先に応えたのは相田の正面に座るクレアだった。ようやく知りたかった内容を聞く事が叶った彼女は、等分した鶏肉に挟んだナイフの手を止め、首を傾げながら不機嫌に口を開ける。
「カデリア王国はまだ負けていませんわ。私も含め、戦える人間には事欠かなくてよ? それに—――」「クレア………控えなさい」
バージル卿がナプキンで口元を拭きながら娘の言葉を遮った。
「今、私が魔王殿と話をしている。子どもが口を挟む所ではない」
立場を弁えるよう促した父の言葉は、彼女の頬を年相応な女の子のように頬を膨らませ、そのまま口を閉じさせる。




