⑦似ても似つかぬ
「今帰ったぞぉ!」
ドアに付いた鐘が鳴り、家は主の帰りを出迎えた。
「お帰りなさい。お父さん」
鳥の囀りのように木造独特の軋む音が近付き、一人の少女がエプロン姿で現れる。腰まで伸びた黒髪が彼女の歩調に合わせて左右に揺れていた。年はリールと同じくらいか、やや上にも見える。
「今日から、うちに居候する相田だ。相田、うちの娘のカレンだ」
前触れも雰囲気も作られる事なく、デニスが紹介を始めた。
「お、お世話になります………」
相田は少女に軽く頭を下げる。
「そうですか。こことは違う世界から………それは大変ですね」
事情をデニスから聞いた娘のカレンは途方もない話に何度も頷くと、相田の前に白米の入った茶碗を置いた。
「慣れない生活だとは思いますが、ゆっくりしてください」
「あ、ありがとうございます」
小さく頭を下げ、相田は茶碗と箸を持って白米を口に入れる。
違和感しかない。咀嚼しながら、相田は目の前の親子を交互に見つめた。
「ま、そういう事だ。カレンには家の事全般をしてもらっている。日常背勝で何か分からない事があったら娘に聞いてくれ」
仕事上がりの一杯にと、木製の大きなジョッキに注がれた酒を傾けながらデニスは白い歯を見せて何度も笑っている。
その後の食事での会話で分かった事だが、彼女の母親、つまりデニスの伴侶はカレンを生んだ数年後に流行り病でこの世を去っていた。それからというものの、父親の手一つで育てられた彼女が家事の一切を仕切っているのだという。
「よくできた娘さんですね」
きっと母親の遺伝子しか受け継がれなかったのだろう。相田はそこまで言葉にせず、食事の済んだ皿を台所に運ぶ彼女の後ろ姿を見て、勝手に解釈する。
食事も終わり、再びエプロンをかけたカレンが使い終わった皿を洗っている。これから居候になる相田は手伝うべきだと立ち上がって声をかけたが、今日は休むようにと彼女に気遣われ、ソファーの上で何もせずに座り続けていた。
「あ、そうだ! 相田さん、急なお話だったので空き部屋の掃除がまだ出来ていません。すみませんが今日はそのソファーで寝てもらっていいですか? あとで枕と上にかけるものを持ってきますから」
申し訳なさそうに首を傾けるカレンに、相田は『すいません』と肩を狭くして答えるしかなかった。
初めて遊びに行った友達の家に泊まる以上に気まずい空気に包まれる。さらに言えば下手に立ち歩く訳にもいかず、相田は辺りを無意味に見渡す事しかやる事がなかった。
「親子なのに似てないな、と思っただろう?」
反対側のソファーで、横になってくつろぐデニスとつい目が合う。
「いえいえ。そんな―――」
既に食事中から思っていましたとは言えず、相田は苦笑しながら首を左右に振った。
長い、本当に長い一日だった。




