④息子のように、父のように
戦争では人が死ぬ。自らそれを経験していても、相田は心のどこかで常人離れたシリア達をまるで物語の主人公やその仲間のように例外だと思っていた。
だが戦争に例外はなかった。世界は冷酷に悲惨に、そして誰に対しても平等に最悪な形で当事者達に見せつけてくる。
『………この者の魂を実体化させるか?』『探せばまだ、周囲を漂っているのかもしれぬ』
剣の声が聞こえてくる。
だが、相田は黒い鞘を全力で握りしめた。
「………そんな事してみろ。この場で剣をへし折ってやるぞ」
感情が籠った声に、剣はそれ以上語らなかった。
戦友の怨霊なぞ見たくもない。相田は再び地面を叩こうと拳を振り上げると、鋭い痛みが手に走った。気が付けば、相田は肩に回していたベルトに刺していたナイフで、親指の付け根付近を小さく切っていた。
その痛みが、相田の血の気を一気に下げる。
「………分かりました。そんな風に怒らないでくださいよ」
相田は流れる血を頬で拭う。頬が赤くなり、血の独特の苦みを連想させる匂いが鼻を刺激するが、相田はあえてそれを吸い込み、全てを吐き出した。
「すみません。皆の力を借りていきます」
相田はポーン、ザイアス、シリアの遺体に近付いて一度ずつ指先で触れると、手についた血でもう片方の頬を赤く汚す。
「行きましょう。一緒に」
大広間からさらに奥にある階段を見付け、三階にある謁見の間を目指した。
階段を上がる途中、足元が揺れ、先程と同じような轟音が鳴り響く。相田には何が起きているのか分からなかったが、まだ誰かが戦っている事は理解できた。
そして扉のなくなっていた目的の部屋に飛び込む。
「………隊長っ!」
相田の目の前には黒く焼けただれた騎士の背中があった。
上半身の鎧は砕け、自慢の長剣は握られたまま刀身の中心から先が折れてしまっている。
時が動き出したように、騎士が後ろに倒れた。
「隊長!」
相田は倒れたデニスの元へと駆け寄った。
本当は上半身を起こしたかったが、相田は躊躇った。焼けただれた皮膚を通り越して焦げ果てた全身は、触る事すら致命傷になりかねない体と化していた。
「………相田か。そうか、間に合ったか」
デニスは相田の気配を察すると目を開けたまま天井を見つめ、相田のいる場所を震えた手で探し始める。
既にデニスの瞳には、相田の姿が映っていなかった。
「隊長………ただ今戻りました。遅くなり、申し訳ありません」
相田は硬くなったデニスの手を両手で柔らかく包む。声が震え、先程流した涙がまた溢れてきそうだった。
デニスが肺から押し出された空気を吐き出し、目だけが左右に揺れていた。
「シリア達はどうした。まだ下で戦っているのか?」
「シリアさんは………副長はまだ戦っています。ザイアスもポーンさんも………皆一緒です」
デニスの手や、顔にぽつりぽつりと水滴が落ちる。
「そうか。ザイアスの奴め、まだ傷が治っていないというのに来ていたのか………偵察を命じたはずのポーンといい、うちの騎士団は本当に困った奴らばかりだ」
「はい。本当に困った人達ばかりです。後で、隊長から言ってやってください」
デニスは火傷だらけの顔で小さく不器用に笑うと、その呼吸が少しずつ浅く、聞こえなくなっていく。
そして目が閉じる。
「相田………すまないが、後を頼む。お前は………俺の自慢の—――だから、な」
「はい………はい! お任せください! 必ず皆の………だから、隊長」
―――今までありがとうございました。
その言葉を出す前に、デニスの時が止まった。




