②その二人、凶暴につき
――――――――――
白凰騎士団の団長リバスは、残り僅かな戦力を少しでも立て直そうと、それぞれの部署に声を上げ続けていた。
既に後退に後退を重ね、今では東門周辺は敵の橋頭保として落ちている。それでも何重にも組んだ防衛戦と予め崩しておいた大通りの両端の瓦礫の山が功を奏し、後退と迎撃を繰り返す事で、その都度、敵の進軍を確実に妨げていた。
「シュリッツ! お前の所はあとどれくらい残っている!?」
土嚢を背中にしながら、傷の数では負けていないもう一人の団長に確認する。
「伯父さん、何度も言うようですが、こっちは先鋒を務めたんですよ? もう、数えるくらいしか………分かりましたよ。そうですね、うちは残り二百あるかどうかといったところですかね。あと一度突っ込んだら、確認する必要もなくなりますよ。伯父さんの方こそ、どうなんですか?」
「こっちも似たようなものだ。さぁて、どうしたものかね」
リバスが半ばやけくそ気味に笑う。
それでも土嚢を飛び越えてきた勇敢にして無謀な敵兵の胸を剣で貫き、シュリッツも一本になった黄金の槍でリバスの背後に詰め寄って来た兵士の腹部を貫いた。
そこに敵の第七波が接近してきているとの声が、大通りに面した建物の屋根から届けられる。
「数は凡そ五百らしいです。どうしますか?」
既にこちらの戦力を上回っていた。
「全く、少しは年寄りを労わって欲しいな」
「何言ってるんですか伯父さん。この前労わったら、年寄り扱いするなと怒ったでしょう?」
「悪かった。これからは存分に労わってくれ」
「明日からは、そうしますよ!」
二人は土嚢から立ち上がると、報告通りの軍勢が近付いて来るのが見えた。彼らは密集して屋上からの攻撃を盾で防ぎながら走り、雄叫びを上げながらまっすぐにこっちらへと向かってくる。
「引きますか?」
シュリッツが肩を軽く上げる。
「どこにだ? ここが最後の防衛線。後ろには避難した民達しかいない」
分かった上でリバスが乾いた笑みで返す。
最早、退く事すら叶わなかった。
善戦を重ね、剣を構えている騎士や兵士達も無意識に足並みが後ろへと下がりつつあった。
これ以上は待ち堪えられない。リバスは家族や王女殿下、そして仕えるべき王の事を思い浮かべる。現に背後からも大きな声が聞こえてきており、挟まれるのも時間の問題となった。
「私の拳が怒りに燃えるっ!」
「………?」
背後の声は敵兵の雄叫びではなかった。
「敵をぶん殴れとししょーが叫ぶぅ!」
「し、失礼します!」
声のする方を振り向いたリバスの頭上を二つの塊が飛び越えた。そして、突撃してくる数百人の敵兵士に向かって走っていく。
それは白い服を着た兎と、黒いメイド服を着た猫の亜人であった。
「ひっさぁぁぁぁぁつ!」
「フォーネさん、あまり飛び込まない方がっ!」
兎の亜人は白い手袋で覆われた右の拳を大袈裟に後ろに振りかぶると、それを先頭の兵士に『せーの』と同時に繰り出した。
「………全力パンチ!」
「………全然、聞いてませんね」
白兎の一撃は先頭の兵士の鎧を砕きながら後方へと吹き飛ばし、さらに後続の数十人の兵士をまるで一度に空に向かって放り投げた小石のように、空高く舞い上げる。
その後、数十人の装備の破片や手足、人だったものの一部が空から次々と石畳に様々な音を立てて落ちて来た。
「退魔完了!」
「霊すら残らな………というより、フォーネさん、彼らはそもそも悪霊ではないのですが」
「………はっ!」
コルティが額に手を置き、溜息をつきながら斧を横に振ると、剣を振り上げていたた三人の敵兵の上半分と下半分の間に隙間が出来ていた。
あまりにも常識外の出来事。
彼女達の放った一撃は、突撃してきた数百人の足を一瞬にして止めさせるのに充分であった。




