⑦記憶の片鱗
―――翌朝。
結局火事の原因も分からないまま、村の三割が焼けるという大惨事となった。
あの後、偶然にも雨が降り始め、火は無事に消えた。それに合わせるように村人達が続々と村の中心へと集まってきた。どうやら、全員坂の上の学校に避難していたらしく、怪我人はいるものの、幸い死者は一人も出なかった。
そこでアイダとリールは、コレード夫妻と再会し、互いに無事を祝った。
アイダはコレードから話を聞いたが、火事は日が落ちた頃、何の前触れもなく複数の場所から起きた事が分かった。
そして金属鎧を纏った男達についての情報は、誰からも上がらなかった。
その日は、それでアイダの体力が尽きる。
―――二日目の朝。
半焼した『森と湖』の裏口の前で腰を下ろし、アイダはお椀に盛られた野菜汁をすすり、中の野菜を一つ一つ選びながら大事に口へと運ぶ。
昨日から焼けた家々の瓦礫の撤去作業に従事してきた身としては、調味料も満足になく、唯煮込んだだけの汁物だけでは味も量も物足りないが、村全体で炊き出しをして配っている以上、贅沢は言えない。
居候の身であれば尚更である。
「はい、もう一杯」
焦げた裏戸から現れたリールが、自分の分とは別にもう一杯の椀を持ってきた。
「………いいのか?」
「うん、お父さんがショーゴにって。多分まだもらってないと勘違いしたんだよ」
それは嘘だった。
アイダは今持っている食事をコレード本人から貰っている。
「………そうか。もったいないから頂くとするよ」
「うん」
リールか、それともコレードのおじさんか。どちらかが気を遣ったのだろう。アイダは彼女の嘘に乗る事にした。そして手に持っていた椀を急いで空にすると、リールから椀を貰い、無言で2杯目をすすり始める。
「隣………いい?」
「ああ」
静かに頷く。
リールはアイダの横に寄り添うように座ってきたが、お互い何も話さなかった。
まだ燻ぶっているような焦げた匂いが、風と共に二人の鼻をくすぐるが、それでも黙ったままの二人にとっては、十分に気晴らしになる風であった。
アイダは風の流れを肴に、お碗に残った最後の汁と野菜の欠片を吸い込み、喉に送り込む。
「ありがとう。ショーゴ。まだ私………お礼を言ってなかった」
空になった碗を見つめていた彼女の褐色の肌が、アイダの肩に寄りかかる。
「でも、あれって一体何だったのかな」
あの奇跡は一体何だったのか。アイダは自身で覚えている事、リールから聞かされた事を思い返す。
リールを切り殺そうとした男に向かってアイダが伸ばした手。その手を握ったその瞬間、剣を持った男の腕がまるで粘土細工のように蛇行して潰れた。
腕から血を噴き出し叫ぶ男。
その場にいた全員が、何が起きたのか理解できずにいた。
その中で、唯一アイダだけがチャンスだと震える体から力を振り絞り、立ち上がる。
そこからアイダの記憶は曖昧だった。次に覚えていた事は、自分が興奮を越えて、高らかな笑いを上げながら雨を降らせていた光景だった。
記憶のない部分は昨夜の内に、リールから教えてもらっている。
腕を潰された男は、アイダがもう一度男に向けて手を握ると、絞られた果物のように潰れた。
驚いた二人の男の1人が、アイダに向かって剣を振り上げたが、アイダはそれを素手で受け止め、さらに剣を握り砕くと、『燃え尽きろ』の一言で男が燃え上がり、灰と化した。
最後の一人は恐怖から逃げ出したが、アイダが力強く地面を踏むと同時に男の足元の土が盛り上がり、土が牙となって男を地面へと連れ去ってしまった。
―――らしい。




