⑥奇跡の出どころ
奇跡は起きなかった。
世の中とは、そううまくできていなかった。
もう自分には何もできない。
アイダは悔しさと情けなさが作り出す涙で地面を濡らし、泣き叫ぶリールを見上げるしか出来なかった。
「ショーゴぉぉ! もう、いやあああああぁぁあ!」
リールはアイダに近付こうと必死に手を伸ばし、両足を揺らしながらさらに暴れだす。
「がっ!」
偶然にも彼女を掴んでいた兵士の兜の隙間に彼女の指が入り、兵士の目が爪で傷付けられた。
リールを掴んでいた手が開かれる。
「ショーゴ!」
相田の下へと駆け寄ろうとした。
『冗談じゃねぇぞ! おいっ!』
「ああ、あぁ。ごふほぉ!」
思った単語が声に出ない。
震える右手をリールに向け、何とか伝えようとするが、アイダの口からは息がひゅうひゅうと漏れるだけだった。
目を傷付けられた男は怒りに任せ、リールの後ろから剣を振り下ろそうと腕を高く構えていた。
『止めてくれ! その腕を下ろさないでくれぇっ!』
アイダは無我夢中で、全身に残った力をかき集め、真っ赤になった口で歯を食い縛り、震える右手を伸ばす。
最後の力を振り絞り、振り上げた兵士の腕と、自分の掌を直線状に合わせる。
「ショーゴぉぉっ!」
リールは気付いていなかった。
『俺にもっと力があれば! お前らなんか―――』
兵士の腕が振り下ろされる。
『―――ぶっっ殺してやる!』
はずだった。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リールの断末魔の声とは異なり、聞こえたのは男の声。
現実とは、理不尽という革袋の中に包まれている。
だが時折、革袋の中に奇跡を入れる者がいるらしい。それとも、元々中に残っていたのか分からない。
だが、奇跡は確かに起きた。
 




