⑤彼らの様になりたい
相田は自分の右手を天井に向けて伸ばすと指を開き、そして握りしめた。
「偶然の結果か、それとも必然の産物か」
四日後の停戦協定は無事に取り決められるのだろうか。自分の身勝手な判断やミスによって、王や王国そのものを窮地に追い込んでしまう事はないだろうか。考えれば考える程、悩めば悩む程、不安な要素だけが無意味に膨らんでいく。
相田は自分が成すべき事、そして自分の想いを未だに決めかねていた。
「つい半年前までは俺………ただの大学生だったんだがなぁ」
短い自嘲。
優柔不断だと思われるかもしれない。情けないと笑われるかもしれない。だが相田はただの大学生、飲食店でアルバイトをするただの平凡な人間だったと振り返る。
人より長けた才能などなく、人の上に立った事など誰もやりたがらず、仕方なくなった中学生の学級委員が最後の記憶である。そんな人間が国家の存亡に関わる最前線に立っていた。
「もっと勇気を………何事にも動じない、決して挫けない心が欲しい」
物語の主人公のような力が欲しい。相田は心の底から強くなりたいと願った。
「ししょーは、とっても強いですよ?」
相田の膝上でうつ伏せになっていたフォーネが、本の上から澄んだ目を覗かせている。
どこまで理解しているのか分からないが、彼女は相田の表情を見て微笑み返す。
「あぁ………ありがとう。フォーネ」
彼女の頭の白い毛を指でなぞるように撫でた。
「んふぅ。あ、ししょー、ここは何て言ってるの?」
また漫画の一コマを指さす。
「ん? これはエルフは脱が………って、うぉぉぉぃ!」
漫画では、主人公の男が耳の長い女性の服を問答無用ではぎ取っていた。
相田は慌てて漫画をフォーネから取り上げ、そのまま自分の背中に敷いて誤魔化した。
「ししょー! わーん、あんまりですぅ!」
まだ途中だったのにとフォーネが起き上がり、相田の体を揺らし始めた。
「駄目ですっ! お前にはまだ早い!」
本当はそういう類の本ではないのだが、色々と誤解を生みそうだと相田は断固その場を動かなかった。
「むぅ! いいもん、続きの本から読むもん!」
「わーーー!」
相田は本棚に向かうフォーネを追いかける。
結局相田は、誤解のないように一晩かけて漫画に描かれた内容を説明する羽目になった。




