①現実と感情の天秤
更に二日が経った。
王城周辺での復興作業に拍車がかかり、日々多くの人と物が行き交うようになってきた。
王国騎士団の業務も何とか先が見通せる程度には一段落し、太陽がほぼ真上に昇った頃、相田は王城の三階にある会議室に呼び出されていた。
部屋の中心には大きな円卓上のテーブルがあり、既に隊長のデニスと王女のリリアが座っている。
「来たか………まぁ、座れ」
珍しくデニスの声に素っ気なさが含まれ、いつもの張りがない。正確には落ち着かない声と表現した方が近い。相田は、何か問題が起きたのだろうと理解した。
「お二人だけ、ですか?」
「ええ」
リリアが肯定し、相田の目の前にある席を手で示す。
今まで見ない組み合わせであった。相田は高級な椅子に腰かけ、慣れない座り心地を味わいながら辺りを見回すが、部屋には王女を守るはずの衛兵の姿すら見えない。
「今、陛下が今後の事について家臣達と話をされている所だ」
―――今後。
つまりカデリア王国と、どう向き合っていくかという事である。
「まさか、今度はこちらから打って出る………なんて事になりそうですか?」
謀略によって一方的に戦争を仕掛けられ、多くの仲間や友人、家族を殺された者達の感情を無視する事は王国、ひいては王族に対する批判として大きくなりやすい。そんな相田の予想を聞いても、二人の首は一切動かず、デニスもリリアも互いに目を合わせただけで、口は閉じられたままだった。
「お父様は………カデリア王国との停戦を望んでおられます」
相田に顔を向けたリリアが、不安混じりに口火を切る。
「停戦………ですか。やはり、こちらが攻めるだけの戦力はない、と」
相田の返しにリリアが静かに頷く。
「仮に攻勢に出たとしても、王都が再び奇襲を受ける可能性や、扇動された蛮族に背後を襲われる心配がある。国民感情を考えれば、心情的にも攻めるべきなのだろうが、現実的に無理がある事は理解してもらう必要があるだろう」と、デニスが補足する。
別室では、どちらの主張も熱が入って投げ合っている事が相田でも想像できる。
この戦いで多くの人々が鬼籍に入った。王都に住む者達も、仇を討って欲しいとの声が復興の中で何度も耳に入ってきた。その生きた声をどう静め、納得させるか。相田は国民への説明こそが、停戦に至る最大の壁だと理解する。
「停戦が確定した場合は、どうなるんですか?」
停戦と終戦では意味が異なる。
勿論、『終戦』が最も平和的な着地点だが、現状においてその点をいきなり目指す事は難しい。そもそも、攻められた側が即座に提案するものでもない。しかし『停戦』ならば、今回の勝利を看板にして交渉を続け、『終戦』に至るまでに有利な条件を引き出せる可能性が残る。
可能性の中には、ご破算になる事もあるが、相田は『終戦』や『戦争の継続』より、現実的な一手だと天秤の揺れ具合を確認する。
そして、相田はこの提案にロデリウスの影を感じた。
「停戦の方向性が決まり次第、カデリア王国には使者を送り、最終的には調停に至る」
デニスの説明で、相田はテヌール達がカデリア王国に向かうという話が、ここで理解に至る。
「そうなれば、少しは平和になりますかね………」
言葉では笑っていたが、相田の顔には疲れのような表情が見えていた。
「そうさせる為の決断ですよ。相田」
リリアは相田の楽観的な言葉を諫める事もなく、表情を和らげて見せる。




