③もう一つの弱点
「………おかしい」
相田の箸を持つ手が震えていた。
更に、ただでさえ多かった包帯やテープの数が、この一時間で倍になっている。
「今日は休みだったのに………もぉ! コルティ、おかわりっ!」
口に運ぶご飯に塩の味が混ざる。相田は彼女に向かって、二回目となる空の茶碗を突き出した。
相田は一時間程デニスと立ち合った。今思えば、相田にとって隊長との模擬戦は初めてである。
木刀を渡された相田は、気が付けば訓練ではなく、実戦に近い感覚で武器を振るっていた。
結論から言えば、『色なし』の騎士団長とはいえ、目の前の中年男は怪物じみた人間である事が分かった。
熱が入った相田は、途中から勇者を驚かせた剣撃による重力攻撃、神官の盾を貫いた礫、炎の弾や追尾する投げナイフ等、大技以外の技も含めてあらゆる技を試してみたが、どれもデニスを驚かせる以上の効果を得る事には繋がらなかった。
目の前の男はカデリアの勇者よりも強いのではないのか。相田は思わずそう意識しかけていた。
「いやぁ。運動の後は酒が旨いな」
だが目の前にいるデニスは、どう見てもどこにでもいる仕事帰りの中年親父である。相田はいつも通りの姿に目を細め、先程のギャップに首を傾げざるを得なかった。
デニスは持っていた空のジョッキをテーブルに気持ちよく置くと、カレンと相田に顔を向ける。
「まぁ、お前達も随分と強くなったな」
「………それにしては、一撃も浴びせられなかったんですけどね」
あまり褒められた気がしない。
相田もカレンも口を尖らせ、素直に受け止める事ができなかった。
「あぁ、そこなんだが」
デニスは急に真面目な顔になると、相田達に箸の先を向け、いくつか気になった事を口にする。
「カレン。年齢で言えば十分すぎる強さだが、それだけだ。攻撃が単調になりやすいのは相変わらず悪い癖だ。そもそも剣の振り方が少なすぎる。確かに双剣の優位は手数と速さだが、実はそれ以上に、相手に次を考えさせる隙を与えない事が重要だ」
「ぶぅ。分かってるわよ! お父さんが強すぎるのっ!」
カレンがいつもより多くのご飯を口の中に放り込んでいく。
だが魔法との連携はかなり良かったと、デニスは最後に褒めて終わる。
次に相田へと視線が向けられた。
「能力に目覚めて、既にお前は多くの技を生み出している。今日いくつか実際に受けて見たが、どれも一撃が重く、その辺の騎士程度では敵わないだろう」
だが、と続く。
「問題は、能力を使った攻撃手段の殆どが単発になっている点だ。つまり、並み以上の敵と戦う為には、うちの娘のように連撃、つまり技の隙を作らせない組み合わせが必要になってくる。お前の技は、投げて終わり、放って終わりというものばかりで、次に繋がる動作も技もないように思える」
「………確かに」
相田は自分の能力から生まれた技を、一つ一つ思い直す。
これまで使ってきた技や魔法は、相田がこれまでに読んだ物語の技を簡易的に表現したものであったり、相手の技を模倣したものである。そして、そのどれもが一撃必殺と称されるものばかりで、相手を無理矢理捻じ伏せる形で終わっていた。
「しばらくは、自分の能力を見直しながら励んでいこうと思います」
相田はシリアの言葉を思い出す。彼女は強くなる事を望んでいたが、自分自身にもその覚悟が必要だったと気付かされる。
「ししょー! フォーネも稽古をつけて欲しい! 今、いっぱい勉強してるんだからっ」
口元にご飯粒を付けたフォーネが、自信たっぷりに顔を前に出す。
「そうだな。お前も立派な武闘家にならないとな。まずはザイアスに―――」「退魔士だもん!」
食卓が笑いに包まれた。




