⑫勝利の残滓
目の前の惨状を見ていたデニスは、はたと我に返り、まだ横にいたフォーネに確認を取る。
「フォーネとか言ったな。この骸骨達は相田の仕業か?」
「はい! ししょーの力です!」
無い胸を張り、自信に満ちた彼女の答えにデニスは大きく頷く。そして、周囲の将兵に向け、剣を高く掲げた。
「あの軍勢は、我ら王国の援軍である! 敵は混乱しているぞ、全軍突撃! 骸骨の騎馬隊の背後から敵を突き上げる!」
「「「「お、おおおおぉぉぉぉっ!」」」」
デニスの号令に我に戻った将兵らが、次々と声を上げて突撃を再開する。
骸骨の騎馬隊は前進を続け、所々枝分かれを繰り返しながらカデリア軍を寸断、さらに敵陣奥へと食い込もうと向きを変えていく。その背後を追いかけるように、デニス達、王国騎士団の兵士達が突撃し、遅れて骸骨の長槍や剣士、弓兵らが南から到着。カデリア軍の混乱している側面を襲撃した。
正面と側面を襲われたカデリア軍は混乱を収めきれず、集団として対応できる限界を超える。ついには最後尾から撤退の角笛が一斉に鳴り響いた。
「逃がすなっ! このまま追撃するっ!」
敵の撤退を見逃す理由はない。デニスは疲労している味方を鼓舞し、可能な限り敵を追撃、その数を確実に減らしていく。
―――四十分後。
三千を超えていたカデリア王国軍は、骸骨兵達やデニス達騎士団の追撃が終わるまでの間に、実に二千近い兵を失い、ようやく追撃を振り切って草原の奥へと撤退していった。
「か………勝ったぞぉぉぉぉっ!」
「「「「「おおおぉぉぉっ!」」」」」
天に届く誰かの声に、大勢の将兵が同調する。
奇跡とも呼べる、大逆転。
激戦を生き残り、勝利を喜び勝鬨を共に上げる将兵達の前で、骸骨の軍勢は役目を終えたように動きを止めると、黒い粒子の砂と化して風に乗って消えていった。
将兵らは静かに消えていく骸骨達に、最大の敬意と感謝を込めて手を振り続け、デニスとシリアも目の前で消えていく者達に敬礼で見送った。
撤退していった敵部隊の方角から、一人の人間が歩いて来る。
デニスとシリアは馬に乗り、その人間を迎えに行く。
「隊長、シリアさん。ただいま戻りました」
相田は疲れ果てた顔でデニス達を見上げたが、どんな表情をすべきか分からずにゆっくりと顔が下がっていった。
真っ先に馬から降りたシリアは、相田の頭をくしゃくしゃと撫でながら力強く抱きしめた。
「………全く! あんたという奴は………とことん命令を無視して! さっさと逃げていればいいのにさ」
「はは、は。す、すいません」
デニスも馬から降りると、相田の肩と手を固く握る。
「まさか、俺の部下から英雄が生まれるとはな。それとも魔王と呼んだ方がいいのか?」
良く戻ってきた。デニスは相田の帰還に、短い言葉で迎えた。
「やめてください。俺は、英雄なんかじゃ………ありませんよ」
死者を愚弄し、謀り、焚きつけた。さらには多くの生者を手にかけた自分をその呼び名で語って欲しくはなかった。それでも、二人を心配させないよう気丈に笑って見せたが、相田は乾いた血に塗れた肩や手の震えを止める事まではできずにいた。
その心情を察したデニスが相田の背中に手を回し、シリアと共に自分の胸の中で抱きしめる。
「辛かったな………だが、お前は負けずにここまで来た。よく頑張った………」
「はい………はいっ!」
その言葉が欲しかった。何よりも嬉しかった。相田はデニスに体を預け、溜まっていた感情を静かに吐き出す事ができた。
遠くから傷だらけのザイアスとポーンが腰に片手を置き、手を振っている。
相田達は、ウィンフォス王国は、絶望とも言える状況から勝利した。




