④大地に告ぐ
たかだか数十メートルの距離では相手に届かない。カデリアの兵士達からしてみれば、何を考えているのか、一人の男が剣を地面に刺しているようにしか見えないだろう。
相田は片膝をつき、腰を屈めた。
右手は剣の柄を強く握り、開かれた左手で地面を押し付ける。相田は目を瞑って精神を集中させ、大地の熱を感じながらその熱を剣へ、そして剣を通じて地面へと返すイメージを作りながら語り掛ける。
「………大地に眠る、数多の英霊達よ。無限の守護霊達よ。神聖にして神秘なる精霊達、俺の声が聞こえる全ての者達よ。どうか耳を傾け給へ」
言葉を続ける。
「今、貴方達が愛し、守り抜いてきた王国が危機に瀕している。このままでは王国が遠からず滅ぶ。その運命は避けられないだろう」
真っ先に悪霊や怨霊の類が相田の周囲に集まり、黒い霧を自然に作り始める。
だが集まったのは元々存在している悪と称される霊体のみ。これでは全く足りない。
相田はさらに言葉を続けた。
「俺はこの国の、いやこの世界の人間ですらない………だが、そんな俺に手を差し伸べてくれた家族がいる。情けない俺を見捨てず、何度も助けてくれた戦友がいる。孤独でありながら俺を友と呼ぶ者がこの国にいる」
自分の心中を言葉によってさらけ出し、今まで複雑に絡んでいた感情の紐を丁寧に解くように大地に語り掛ける。
「俺は家族や戦友、友と呼んでくれる人達を失いたくない、守りたい。そしてその人達が愛するこの国が亡ぶのを………俺は黙って見ている事は出来ない」
性格からか、霊体の感情を逆撫でるような言葉が思いつかない。だが、相田は訴えられる限りの言葉を並べ続けた。
「数多の英霊達よ、守護霊達よ! お前達はそのままこの国が亡ぶのを傍観するか? 燃え上がる戦火の中、国が、街が、人々が塵と化す姿を見てもなお、何も感じないのか?」
相田の周囲で黒い霧が徐々に濃くなっていく。
だがまだ足りない。
「俺はこの国を、人々を脅かそうとする奴が憎い! 誰もが送れるはずの生活を脅かそうとする敵が憎い!」
負の感情をこね回し、混ぜ合わせる。
黒い霧が二倍、三倍へと体積を増やしていく。
それでも足りない。
今まで『良い人』、『優しい人』と呼ばれてきた相田にとって、誰かを本気で憎む事は今までになく難しい感情であった。
腹が立つ事はこれまで何度もあった。許せないと思う事もそれなりにあった。だが最後には、相手にも何か事情があるのだろうと、誰にでも間違いはあるのだろうと、そう自分に言い聞かせ、自分の感情を押し込めて人と接してきた。
その相田が人を憎み、恨み、殺意を抱くには、圧倒的な存在をもつ役に徹するしかなかった。
―――そう、『悪』のような存在である。




