⑦殺意という名の覚悟
焦りながらも、アイダは覚悟を決めるしかなかった。
「いいから………離せって!」
「ああ、何だって? ってこいつ!」
アイダは胸を張るように肩を反らして大男の手を無理矢理振り払った。そして左足を軸に半回転し、そのまま右の拳を大男の鎧の隙間、鳩尾に食い込ませた。
「どらぁぁぁ!」
「おぐぅぅ!」
どんなに鍛えた体でも、当たり所さえよければ隙が生まれる。
アイダの拳は若干鎧に擦れて赤く滲んでいたが、大男の体にしっかりと食い込んだ手応えはあった。
「リール、逃げるぞ!」
「ショーゴ、後ろ!」
瞬間。
アイダは自分の体がどうなったのか理解できなかった。視界が青空から石畳へと一枚の絵のように回転し、円を描いた手や足が何かと触れ、擦れ、最後は勢いよく固い物に叩き付けられた。
そして遅れてやってくる側頭部への激痛。まるで野球ボールがこめかみに当たった様な衝撃。そこでようやくアイダは、自分が頭を殴られたのだと理解し、静止した視界が地面を写していた。
「ぐっ………く」
思うように声が出ない。
口の中で鉄の味が広がっていく。咳き込んで吐いた唾の半分は赤く滲んでいた。
「ショーゴ!」
リールの叫び声が頭の中で反芻し、アイダは彼女の声が遥か遠くから聞こえるような錯覚に陥いる。
それでもアイダは震える腕を何とか石畳に突き立てて上半身を起こすが、それ以上動こうとすると地面が左右に揺れ、強烈な吐き気を生み出そうとしていた。
「随分と、痛ぇ事をするじゃねぇかよっ!」
打ち込まれた腹を押さえるように撫でる大男は、ゆっくりと近付き、四つん這いになったアイダの横腹に蹴りを放つ。
アイダは咄嗟に迫る足を片手で防ぐ事しかできず、それでも体が一瞬浮き上がり、地面の石畳を何度も擦る様に転がった。
「しょ、所詮は村人その一か………」
自慢する程でもないが、アイダは決して喧嘩に弱い方ではなかった。むしろ相手が飽きるまでの暴力に耐えられる程度の根性はあると小さい頃から思っていた。しかし、筋骨隆々の大男の一撃がこれ程までに凄まじい力だった事は、素人の予想を簡単に超えていた。
何と自分の弱い事か。アイダは自分の無力さを痛感する。
「ショーゴ! ショーゴ!」
ついにリールが泣き始めた。
彼女の泣き顔を見るのは『あの時』から二度目である。
「女の子を泣かせるのは………男としちゃぁ最低だよな」
最早方法がない。
倒れたままのアイダは、腰に隠してあった短剣に手をかけた。
ここで刃物を出せば、どうなるか全く予想がつかない。問答無用で捕まるのか、正当防衛として許されるのか、様々な思いや考えがアイダの頭を何度も巡るが、この状況において自分で選べる選択肢は既に限られていた。
ゆっくりと、短剣を握る力が強まっていく。
勝負は一瞬。
『あの時』のオークを殺したように、アイダは呼吸を整え、頭に上った血を下げつつも心の中では感情を昂らせ、殺意という名の覚悟を決める。




