⑥異常な世界で何気ない日常
久々に帰ってきた自分の世界だったが、部屋の匂いに違和感を感じる程になっていた。机や棚には埃が積もって本来の色を淡く変えていたが、少し掃除をすれば問題なく使えそうであった。
相田は真っ先に椅子の埃を払うと、そこにリリアを座らせる。そして、ベッドの布団だけを慎重に外へ持ち出し、勢いよく叩いて埃を払い始めた。
「ぶぇっくしっ! うぅ~」
鼻水とクシャミが止まらない。
「ここが異世界の………そしてあなたの部屋なのですね」
目につきそうな大きな面を掃除し終えた相田は、ようやく敷き直したベッドの上でリリアを横にさせた。彼女は寝たままぐるりと周りを見渡し、見た事のない世界を味わう。
「まぁまぁ、汚いけどな」
「いえ、十分です」
相田は彼女の眼鏡を外すと、丁寧に机の上に置く。そして外で何度も叩いてきた毛布を、彼女の上にかけた。
「じゃぁ、俺は残りの荷物を取って来る。少し一人にさせるが、心配しないでくれ」
唯一荷袋から持ち出した水差しを机に置き、腰に下げた水袋の中を殆ど注いでから部屋を出る。
日頃の訓練の成果か、体力にはまだ余裕があった。相田は三時間かけて荷物と部屋の間を休む間もなく三往復すると、一週間分の食料や荷物を取り出し、部屋の内外で整理を始めた。
―――魔女の森に籠って三日目。
手元の薬は既に尽きたが、リリアは自分の足で歩く事が出来るまでに回復した。まだ長い時間を歩く事が出来ないが、体力を元に戻す為にも、彼女は相田の部屋の中や息抜きがてら外を散歩し、一日の時間を過ごす事を日課にしている。
「今日の昼食は何ですか?」
部屋の外を歩き終えたリリアが、焚き火の上でフライパンを温めている相田に声をかけた。
「そうだなぁ。今日は薄めに切った食パンをバターで炙って、その上に焼いたハムと目玉焼きを乗せようと思う」
さらに、探索がてら摘んできた薬草と野菜を混ぜ合わせたサラダを作る予定だと、相田は切ったパンをフライパンの上に乗せていく。事前に入れておいたバターと混ざり合ったパンは独特の甘い匂いを生み出し、二人の食欲を刺激する。
「おいしそうですね」
「いつものセリフで悪いが、王宮の食事とは比べないでくれよ?」
相田は慣れた手つきでフライパンを四方に傾け、パンに溶けたバターを均等に染み込ませる。リリアは近くに置いてあった卵に気付くと、それを手に取って相田に手渡した。




