②青年に選択肢はなかった
「ふんがぁぁぁあっ!」
さらに一歩、右足を引きずるように前に出す。
謁見の間は騒然となった。手の空いている家臣らしき男が、もっと魔法使いを呼ぶようにと、入口に立っていた衛兵に叫んでいる。
それでも王と呼ばれていた男は、未だ動じずに青年へ言葉を繰り返し、投げ続ける。
「何故、そうも拒む? 我々に力を貸せば、貴様の命ばかりか生活に困らないだけの金や住む家を与えようと言っているのだ。それでも不服か?」
「だからぁ………その態度が気に食わねぇって言ってるんだよっ! おっさん! ぐっぐぐぐぅぅぅっ!」
ついに青年に重ねられている呪文は六つになった。それでも左足を一歩進めようとした所で、青年の爪先が絨毯に当たり、膝が曲がったまま前のめりになる。両手が使えなかった彼は、受け身を取る事が出来ず、勢いよく顔を絨毯に落とした。
「く………くそったれがぁっ!」
顔だけ上げるが、右頬は赤く腫れあがり、鼻から流れ続ける鮮血が口元から顎へと進み、絨毯に染みを作っていく。
青年は最早芋虫の様に這い、絨毯にしわを作りながら僅かに進むしか出来なくなっていた。だがそれも、魔法使いが八人になった所で、体の全てが絨毯に押し付けられ、潰れかけた肺で呼吸をするだけで精一杯の状態となった。
「では、言い方を変えよう」
青年の耳からは今までで一番大きな声に聞こえた。横に向けた顔では見る事もできないが、大きくなっていく足音から、王と呼ばれる男が手を伸ばせば届くであろう距離まで近付いていた事は理解できた。
「貴様が死なない限り、あの村の安全は保障しよう。だが貴様が死ねば、あの村も、そこに住む者達も消えてなくなる。もう一度言う………異世界より来た者よ、貴様の力を我が国に貸すがよい」
「………畜生」
そう小さく答えると、青年は目の下に涙を浮かべたまま目を瞑り、力尽きた。




