③救われた想い
寝たきりのリリアを乗せた状態で速度を出す事はできない。アリアスの村までの道のりは馬車で約三日かかる行程となった。
その二日目の夜の野営で、シリアは解毒用の薬を調合し始める。
リリアは未だに目を覚ましていないが、毎日数回、シリアが作った解毒用の薬を染み込ませた布を使って服用させている。治ったように見えても、しばらくは薬を使い続けた方がいい事は、何処の世界でも変わらないようである。
「だけど………この花の蜜は、花から取り出すと三日しか保たないんだ」
「つまり、薬は明日の分しかない」
シリアは頷きながら、残り僅かとなった蜜の入った小瓶から半分を取り出し、そこに紫色の粉末と水を混ぜる。
「さぁ、できた」
弱火による加熱が終わった。
シリアはなるべく綺麗な布を荷袋から取り出すと、完成した薬を布に染み込ませる。そしてそれを持って荷馬車へと上がり、静かに寝ているリリアの元へと向かった。
「王女殿下、失礼しますね」
薬が染み込んだ布を彼女の口に当てる。
その時、リリアの眉が動き、僅かに瞼も動く。
「っ!? 相田、来てごらん!」
シリアが急いで相田を呼び出す。
「う………」
リリアの目が少しだけ開いた。だが数日ぶりに目を開けたせいで、松明といえど周囲が眩しすぎ、彼女は殆ど目を開けられなかった。
「王女殿下。聞こえますか?」
シリアが彼女の前で手をゆっくりと振ると、リリアは目を閉じながら静かに頷いた。
「………良かった。本当に良かった」
これまで抑えていた不安や後悔が喜びに変わっていく。彼女の顔を覗いていた相田は鼻をすすり、目頭を強く押さえた。
目を覚ましたリリアは体を起こそうとしたが、連日の高熱や疲労から首を動かせるのが精一杯だった。シリアは枕を少し高くさせ、彼女に不安を与えすぎない範囲と表現で、事の顛末を話す。
「………そう、ですか。皆には迷惑をかけました。それと、命を助けて頂き………ありがとうございます」
未だに全身に力が入らず、節々に痛みがあるにも関わらず、王女は掠れた声と共に精一杯の感謝と笑みを見せた。
「相田………」
「は、ここに」
シリアの手前、相田はリリアの前で膝をつく。だが、シリアは殿下が食べられそうなものを用意してくると言い残し、その場から離れていった。
「相田、すみませんでした。あなたには大変な思いばかりさせて………いますね」
リリアが眉をひそめ、目を瞑ると大きく息を吸う。相田に対する国王の言動だけでなく、ついには娘である自分も、相田に辛い判断をさせた事を強く悔やんでいた。
相田はリリアの横に座ると、右手でリリアの額ごと目を覆う。
「気にしないでくれ。俺は本当にリリアが無事でよかった。むしろ俺が失敗ばかりで、皆に迷惑をかけてばっかりで………もしもこれでリリアが目を覚まさなかったらと思うと―――」
相田もこの数日、気を張りすぎて体も心も限界だった。自分でも上手く話せない事を情けないと思いつつ、何度も鼻をすする。
「一つ、良いですか?」
「………おぅ、いいぞ」
「そのまま手を置いていてくれますか? それと私の手も」
リリアの左手が毛布から出ようと必死に僅かばかりに動いている。
相田はもう片方の手で彼女の手を握った。
「お願いが二つになってるぞ」
「………そうでしたね」
リリアが小さく笑うと、そのまま静かになり、数秒後には寝息を立てていた。
「辛いのはお互い様か」
翌朝、相田達はアリアスの村を目指して出発した。




