⑦賽は投げられた
状況は最悪。
派手な魔法や魔剣の力を発揮させる事は出来ない。二人を巻き込むだけでなく、剣が発する『怨嗟の声』は、死に近付く今のリリアには致命的な結果をもたらす可能性があった。加えてこの周辺を燃やす事も出来ない為、得意とする火の魔法すら使用できない。
「糞ったれ!」
自分自身で高揚を促しつつ、得意とする技の殆どを封じられた相田は、自分に出来る事を必死に考えた。
「来るよ!」
シリアが最後の助言を放つ。
相田が意識を集中させ、右手をかざした。
「アイギス!」
相田が発動させた無数の黒い盾は、自身だけでなく、後方の二人も守るように広めに展開され、四方八方から放たれた無数のナイフを全て土に弾き落とす。
遠距離だけなら。相田はそう願うが、世の中は、そこまで都合よくできていない。
必ず敵は接近してくる。相田は次の手を予測し、その対応策を考えた。
案の定、広場の外縁で気配を消していた黒装束の集団が相田の背後から迫ってくる。
その数、三人。
相田はシリアから預かっていた四本のナイフを左右の胸元から抜き出し、まず右手の二本を同時に放つ。
だが、未熟な投擲を黒装束の者達は、いとも容易く抜けていく。
「だろうよっ! だがなっ—――」
相田はそれは予想通りと伸ばした手を引き戻し、強く握りしめる。
「ジャックリッパー!」
相田の言葉を合図に、黒装束の横を通り過ぎたナイフの軌道が曲がり始めた。
ナイフを避けたはずの三人の内の一人がいきなり倒れ込んだ。残りの二人は何事かと足を止め、仲間の背中に生えている二本のナイフを見降ろした。
黒装束達からすれば、何が起きたのか理解できない現象が起きている。
それは彼等が避けたはずのナイフであった。
「まだまだぁぁぁ!」
今度は左手に挟んだ二本のナイフを放つ。
黒装束達は難なくナイフを避ける。しかし相田の命令で、回避したはずのナイフと、倒れた黒装束に刺さっていたナイフが振動しながら抜け落ち、まるで誘導ミサイルのように曲線を描きながら二人の黒装束を執拗に追いかけた。
避けても避けても追尾してくるナイフを黒装束達は回避し続けるが、それに気を取られた一人が、接近してきた相田の片手剣によって斜めに切り払われる。
「………次っ!」
すぐにナイフへと意識を向けた。
最後の一人になった黒装束は、四本のナイフからの集中攻撃にさらされ、ついに避けきれずに一本、また一本と体に刺さっていき、最後のナイフが右目に刺さるとその場に倒れた。
相田は念には念をと倒れた黒装束の胸に自分の剣を突き立て、その隙間から血しぶきを噴き上げさせる。
手や顔に付着した赤が僅かに温かい。
相田は剣を抜く。
人を突き刺した感触が手から腕へ、そして頭へと時間差で届くが、今の相田には吐く事すら許されない。




