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⑤商売のいろは

―――十数分後。

 『太陽の酒場』と書かれた看板が目に入った。


「ここよ。お父さんは、いつもここでお酒を買っているの」

「………センス」

 アイダは、看板のシンボルに描かれた中年男を模した太陽と目を合わせる。

 大通りの一等地にあるこの店は、リール達の宿よりも二周りも大きく、前面が解放された店の前で果物らしきシミを付けた前掛けの従業員と商人が互いに交渉を交わし、会話を終えた所から酒樽が外へと運ばれていく。

 リールは躊躇う事なく店の中に入り、中央のカウンターで従業員に指示を出す小太りの男に声を掛けた。


「こんにちは、おじさん」

 薄い頭と対照的な毛深い腕を自慢するかのように腕を組む風体は、店の主を主張するには十分な印象であった。おじさんと呼ばれた店の主は、彼女の顔を見るや、嬉しそうに艶のある顔で微笑んだ。

「おお、コレードさんとこの娘さんかい! 今日はおつかいかな?」

「ええ、ビールを樽で三つ頼みたいんだけど」

「三樽かぁ………」

 リールの注文を聞くや、店の主は笑顔のまま分かりやすく眉をひそめる。

「今、ビールは季節的に注文が多くてねぇ………今頼んでも順番待ちなんだよ。でもまぁ、コレードさんとこもウチの常連さんだ。二樽なら何とか用意できるが、それ以上となると―――」

 店の主が悩む素振りのまま話を一旦止める。


―――成程。


 アイダは店の主が指を擦る仕草から、その先の言葉を理解した。

 確かに彼の言う通り、この季節のビールは需要が高い。この店で注文をしている商人や、隣の酒場で飲んでいる客からもビールを頼む声が聞こえてくる程だった。

 店の主の主張は単純にして明快。

 要は相場に加えて色を付けてくれれば、三樽目を売ってやろうという事である。子ども相手に大人気ないと思いつつも、商売という戦いにおいて、年齢は武器にならない。

 そしてリールにもそれが分かったのだろう。だが店の主の言葉に大きく動揺し、財布の中を何度も見比べている。

 

 アイダは前にいたリールの肩を強く押して、やや乱暴に前に出た。

「親父さん、悪いけど急ぎなんだ! ビールを四樽ほど売ってくれないか!?」

 乱暴な言葉にも臆せず、店の主は初対面のアイダの顔を見て目を光らせる。

「すいません、お客さん。今商談中でして」

「いやいや、本当に急ぎなんだ。頼むよっ!」

 呆然とするリールを横目に、アイダはカウンターの上に拳を乗せた。そして少し拳を開くと、カウンターの上に金属の音が低く、短く響く。

 勿論、その音を店の主は見逃さなかった。


「お客様、先程こちらのお嬢さんにも説明したんですが、ビールは順番待ちでして………そうですね、三樽までは用意できますが………それ以上となると―――」と、主人は同じ手法で話を止める。

 先は読めていた。だがアイダは即決せず、少し悩むような振りを主人に見せてから口を開く。

「しょうがない………まぁ、いいや三樽で頼むよ。今度はもっと持ってくるからさ」

「え、あぁはい。三樽ですね、畏まりました。で、お届け先はどちらに?」

 店の主の予想に反してあっさりと商談が成立する。自分で提案した手前、店の主は眉を潜めながら話を進めるしかなかった。


「あぁ、馬車なんだ。確か木札が―――」

 アイダは自分の体のあちこちに手を当てながら、カウンターの下でリールに木札を渡すよう、彼女のポケットをつつく。流石の彼女も事態が飲み込めたらしく、気付かれないようにカウンターの下から木札と一緒にお金を渡した。

「ああ、あったあった。ここに頼むよ」

 木札と酒代。そして握っていた五枚の銅貨を混ぜ、カウンター上に広げた。

 貨幣の数を丁寧に数えながら、店の主は明らかに不満そうな顔をしていたが、彼自身の口で承諾した以上、止むを得ないと諦め、そのまま手続きを済ませる。


「じゃぁ、よろしくな」

 手続きを終えたアイダは、すぐに店を後にする。リールも店の主に『お父さんに聞いてくる』と嘘を言って、店を出て来た。


「ショーゴ、やるじゃん!」

「ん? ああ、ちょろいちょろい。銅貨五枚越え程度で解決したんだ。安いもんだろ?」

 店の前で合流したアイダはリールと拳を合わせる。

「さて、次はどこだっけ?」

「えーと、次は小麦粉だね。確かこっちだよ」

 リールがアイダの腕を掴み、次の店へと向かった。

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