⑨絶望の中に残されたもの
呼吸を落ち着かせ、頭を冷やすと、相田の記憶から『暗殺者』という単語から、それに近い仲間の名前が思い浮かぶ。
だがシリア達はあの事件の後、国境へと向かっている。彼女達は自国の王女が毒に倒れ、明日をも知れない状態などとは知る由もない。
打つ手がない。相田が伸ばせる手の長さは短すぎた。
「私も、知り合いを尋ねてみよう」
医者は軽く咳き込むと、取り敢えず他の医者や薬師から意見を聞きに行くと言って部屋を去っていった。それを見計らい、メイド達は相田とリリアの朝食を持ってきたが、相田はそれに手を付ける事なくリリアの看病を続ける。
―――三十分後。
予想よりも早く先程の医者が戻ってきた。
だが、彼の隣にはボロの編み笠を深々と被り、笠に負けずみすぼらしい服装で背中を丸めた老人が立っている。
メイドや兵士が不審な目で見る中、医者は何やら慌てたように両手を前にして説明を始めた。
「じ、実は知り合いの薬師が、たまたま近くを通りかかっていたのでね。えー、急遽来てもらった」
医者の曖昧な説明で、みすぼらしい老人は編み笠を持ち上げると挨拶をする。
「薬師のサジンじゃ」
相田の目が大きく開く。
これ程ふざけたネーミングを有り難いと思った事はない。
メイド達は王宮に無縁のような薬師の姿に不審がっていたが、王宮御用達の医者の紹介もあって何も言えず、サジンにリリアの寝ているベットの横を譲った。
彼は王女の額の熱、首筋の傷跡、手足の状態を触りながら一つ一つを慣れた手つきで確認する。
薬師としての鋭い顔付きから汗が一筋流れ落ちた。そして古びた木製の薬箱から一枚の薬包紙のような薄い紙を取り出すと、リリアの首の傷跡に軽くこすり付ける。
すると擦った部分の紙の色が一気に紫へと変色した。
「これは………トリキスタンの毒。しかも飛び切り強力なやつじゃな」
「トリキスタン!?」
サジンの言葉に医者が最も激しく動揺し、驚いていた。相田にはその毒の効果を理解できないが、医者が驚き諦めるかのような顔をするには強力な毒である事は察する事くらいはできた。
「それで………治せるんですか?」
相田は最も重要な事をサジンに尋ねる。
だが期待に添わず、薬師は首を左右に振った。
「この毒の特効薬は、ウィンフォス王国内………西部奥地に生息する特殊な花が必要でな。しかも花を摘んでから三日以内の蜜を使って調合しなければならない希少な製法ときた。残念じゃが遠く離れたここでは手に入るまい。今の儂でも………どうしようもない」
微かに残っていた希望を失い、相田は肩を落とす。毒の正体が判明しても、その特効薬を用意する時間すら与えられなかった。




