③歯車は近付き、噛み合い始める
勇者が立ち上がり、白銀の剣を天井に向けて掲げると、観衆から惜しみない歓声と拍手が響き渡った。
「以上で拝謁の儀を―――」「異議あり!」
兵士の一人が儀式の終わりを宣言しようとしたその時、民衆の中から一際大きな声が上がる。
周囲がざわめく中、声を上げた人物は民衆の頭を飛び越え、壇上である赤い絨毯の上に着地する。その姿は黒。黒い布で口元からつま先に至るまで全身を覆っている姿は、忍者や隠密といった姿を思わせる。
「何者だっ!」
周囲の兵士が瞬時に駆け付け、王の前、黒装束の前に立つ。兵士達は剣や槍を構え、不審者にその先端を向ける。
だが黒装束は兵士が向けた武器に臆する事なく、王に向かって、そして観衆達に聞こえるように叫ぶ。
「自らの欲の為に他国を攻めようとする暴君よ! その命、ここで散らしてもらう!」
まさに一瞬、黒装束は兵士達が反応するよりも早く隙間を潜り抜け、パーカス王の前へと飛び込んだ。そして、腰に隠し持っていたナイフを逆手で抜き放ち、王の首を払うように狙いを定める。
パーカス王は微動だにしない。いや、反応できないのか、このままでは首を跳ねられるのは確実だった。
だが黒装束の持っていたナイフの刃は王の首に届かず、寸での所で白銀の剣が床へと弾き落としていた。
「去れ、悪しき者よ」
白銀の剣を掲げた勇者が、王と不審者の間に割って入っていた。
リコルは構えた剣を頭上で構え直し、黒装束の男を斜めに切り捨てる。
「………ば、馬鹿な。どうして」
黒装束が膝をつき、布の上から血を吐き出す。
倒れた黒装束の周りでは血だまりが作られ、そのまま動かなくなった。
まるで遊園地のヒーローショー。客席から現れた不審者の登場も、仕込みかと思う程に、あっさりと事件が解決する。
そもそもリリア王女の暗殺の正体とはこの事だったのだろうか。相田は避難の為に、席から離れていた来賓の中にいたリリアに視線を送るが、驚くように口に手を当てている事以外、特に変わった様子はなかった。
「に、逃げるアルよー!」
民衆の中の誰かの声を引き金に、目の前で人が死ぬ場を見せられた人々は大混乱に陥り、その場から我先にと逃げ出し始めた。入ってきた狭い通路に人が押し寄せ、体をぶつけ合いながら出口を目指していく。
「………俺もこのままいたら不味い、か」
一般客として紛れていた以上、この場に残れない。相田は他人に紛れながら、進みが悪くなった民衆の最後尾で出口を目指すフリを始めた。
「これはどういうことですかな、リリア王女」
王女の名を呼ぶパーカス王の声が、相田の耳に入る。
相田は思わず足を止め、声のする方へと顔を向けると、そこにはリリアに近付くパーカス王の姿があった。




