④命の軽さ
「おい、そこの二人」
相田達の気分とは、正反対の声が後ろからかけられた。
二人が振り返ると、あっという間に鉄鎧を着た五,六人の兵士に囲まれた。
他の兵士よりも頭一つ、体周りは二つ程体の大きい男が、相田達を見降ろすように腰に手を当てて立っている。
他の兵士と同じく、鼻から上を覆う鉄兜の為に顔は分からないが、不思議な程に自然な出で立ちに、相田は隊長のデニスと同じ雰囲気を感じ取った。
「へ、へぇ、何でしょうか」
陽気だったガウもさすがに驚き、次に困惑し、相田と目を合わせてから共に頭を小さく下げると、腰を低く使用人としての姿勢に戻す。
「お前達は、どこの人間だ?」
兵士の一人が尋ねてきた。
「へぇ。この先のホテルでご主人様が泊まっておりまして………私らはその使用人です」
「自分も………そうです。二人で夕食と銭湯を済ませ、丁度その帰りでございます」
問題を起こす訳にもいかないが、今は特に嘘をつく必要はない。
「使用人ごときが銭湯か? 随分と金を持っているんだな」
「その金はどうした? まさか、盗んだものじゃないだろうな?」
始めから使用人を犯罪者予備軍と決めつけてくる兵士の姿勢に、相田は反論の一つでも口にしたかったが、『とんでもない』と顔の前で手を振って懸命に耐えると、ガウよりも前に出て事情を話した。
「私のご主人様が本日の商いで随分と儲けまして、そのご温情に預かっただけでございます。彼は私が個人的に昨日お世話になった者で、そのお礼として銭湯に誘ったのでございます。はい」
長身の大男が、説明に奔走する相田よりもガウの顔を見下ろしている。
彼は何度も頷いて相田の話を肯定した。
大男の傍に立っていた男が何かの資料を確認し、大男に小声で呟く。彼だけ鎧を身に纏っていないが、兵士にも役人にも見えない。但し根拠もない。
「そこの男の話は本当のようだ………次に行くぞ」
大男は何かの確認が取れたのか、詫びの一つもなく、他の兵士を引き連れて引き返していった。
相田はガウと同時に大きな息を口から吐くと、溜まっていた緊張を全て吐き出した。
「いやぁ………何なんですかあれは?」
我慢していた分の相田の腹が遅れて立ち上がる。ガウも首を振りながら腰に手を当て、危なかったと地面にも息を吐いた。
「あれは………王都の警備兵だな。あいつらは使用人の命なんて、その辺のゴミ袋と同じか、それ以下位にしか思ってない。場合によっちゃぁ、適当な理由をつけて俺らを牢に引っ張る事だってできる。まったく、お前のご主人様に感謝だよ」
さらにガウは鎧を纏っていなかった男を、昼の間に何度も見かけた気がすると話す。
「この国の間諜かもな。昼の内に不審者に目星をつけて情報を集める。適当な所で尋問し、適当な嘘を吐けばすぐにばれる。だけど、今回に限ってはお前さんが伝えた内容は事実の中に入っていたんだろう、だから何も起きなかった」
ガウは相田に感謝した。
昼の不審者、サジーンの話と合う所がある。相田は自分が常に見られているのだという感覚を改めて意識するしかなかった。
「ガウさんも良く見てますね………」
「生きていくには必要だった、それだけさ。使用人の命は、本当に軽いんだぜ」
使用人用の宿舎に戻ると、昨日まで相田と同じ部屋にいた者達の姿がなかった。
「あれ? 銭湯に行くまでは全員いたのに」
涼しい窓の前を占領していた爺さんや、カードに夢中だった汚い二人組の男が見当たらない。
一方のガウは、特に気にする事もなく、特等席の窓前に腰を下ろした。
「今頃どこかで飲み食いに行っているんだろうさ。その内戻って来る。むしろ全員がいる方が珍しい、これも日常茶飯事だよ」
気にする程の事でもないとガウが説く。彼らと殆ど話した事もない相田も、それ以上言葉にする情報もなく、すぐに話が断ち消えた。
「さて、おれはもう寝るぞ? お前は………今夜も馬小屋か?」
彼は誰が使ったのか分からない布団を掴んで自分の下に引くと、窓の傍で横になる。
「えぇ、向こうの方が………人が少ない方が落ち着くんですよ」
「変な奴」
相田はガウに笑われると、挨拶を済ませて部屋を後にした。




